第2話:なんか世界が騒ぎ始めた
「……え?」
俺は配信画面を見つめていた。
つい先ほどまで、視聴者は数百人程度だったはずだ。
それが今では――。
【視聴者数:12,846】
「一万……?」
思わず声が漏れた。
型落ちのドローンで始めた、しかもただのF級ダンジョンを攻略するだけの配信に、まさか一万人以上も集まるとは思わなかった。
「へえ。意外と見てくれる人っているんですね」
俺が感心していると、画面のコメントが次々と流れていく。
【いや、そこに感心してる場合じゃない】
【今の状況分かってます?】
【頼むから一回ダンジョンの外に出てくれ】
【その場所、F級じゃないんだって!】
「……?」
どうやら、俺が何か勘違いしているらしい。
「えっと、ここはF級ダンジョンですよね?」
【違います】
【全然違います】
【F級の面影すらない】
【誰か説明してやってくれ】
「そうなんですか?」
俺は首を傾げた。
依頼書には確かにF級と書いてあったのだが……。
まあ、看板の文字もかなりかすれていたし、情報が古かったのかもしれない。
「なるほど。じゃあ、少し気をつけたほうがいいですね」
【少しじゃ済まないんだよなあ】
【今の発言で済ませられるのすごい】
【アポカリプスを倒した人の言葉とは思えない】
……アポカリプス?
「さっきの、あの大きな竜のことですか?」
【そうだよ!!】
【終焉竜アポカリプス】
【過去の討伐作戦が全部失敗した伝説級の魔物】
【それを一撃で倒したんだぞ!?】
「へえ。そんなに有名な魔物だったんですね」
俺は足元に転がっていた魔石を眺めた。
確かに、かなり大きな魔石だ。
「それなら、もっと素材を回収しておけばよかったかな」
【素材の心配してる場合じゃない】
【この人、本当に何者なんだ……】
【アポカリプスを倒してこの反応なの怖すぎる】
そのとき、コメント欄に新しい名前が現れた。
【冒険者情報局・公式】
【現在配信されている映像について確認しています】
【視聴者の皆様は、配信場所の情報をお持ちでしたら共有してください】
公式アカウント?
どうやら、かなり大きな配信になっているらしい。
俺が画面を眺めていると、視聴者数がさらに増えていった。
【視聴者数:18,203】
【視聴者数:24,891】
【視聴者数:31,506】
「おお……!」
思わず声が出た。
「すごいですね。こんなにたくさんの人が見てくれるなんて」
【本人だけ喜んでて草】
【いや、喜んでる場合じゃない】
【もう拡散されまくってるぞ】
【『Fランク冒険者が終焉竜をワンパン』ってトレンド入りしてる】
【ちょっと待って、俺もそこから来た】
【同じく】
【サイトにまで載ってるんだが】
どうやら、配信を見た人たちが映像を広めてくれているようだ。
ありがたい話だ。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
俺は画面に向かって軽く頭を下げた。
すると、コメント欄が一気に流れ始めた。
【礼儀正しくて草】
【この状況で視聴者に挨拶してる】
【普通に応援したくなってきた】
【いや、応援する前に逃がしてやれよ!】
◇
その頃、王都の冒険者ギルド。
一人の職員が、慌てた様子でギルドマスターの部屋へ駆け込んできた。
「マスター! 大変です!」
「今度は何だ?」
「例の終焉竜の討伐者が、配信をしていることが判明しました!」
「……配信だと?」
職員は手元の端末を差し出した。
そこに映っていたのは、見覚えのある青年だった。
「こ、これは……アメル!?」
画面の中では、アメルが何事もなかったかのようにダンジョンを歩いている。
そして、その配信には信じられないほどの視聴者が集まっていた。
「どうしてあいつが、あんな場所に……」
ギルドマスターは言葉を失った。
その隣で映像を見ていたレオンも、顔を強張らせる。
「待てよ。あいつ、Fランクだったはずだろ?」
「そのはずです。ですが、映像を見る限り……」
職員は言葉を濁した。
誰もが同じことを考えていた。
あの男は、本当に無能だったのだろうか。
◇
一方、俺はというと。
「さて、そろそろ先に進みましょうか」
周囲を見渡すと、通路の奥に大きな扉が見えた。
ずいぶんと立派な扉だ。
黒い金属でできているらしく、表面には複雑な模様が刻まれている。
「おお……。こんなところに扉があるんですね」
近づいてみると、扉の横に何か文字が刻まれていた。
ただ、俺には読めない古い文字だった。
そのとき、配信画面にコメントが流れた。
【……待って】
【その扉、どこにある?】
【嘘だろ。まさか、そこまで進んだのか?】
【映像を解析した。間違いない】
【今すぐ引き返してください】
「え?」
コメントの雰囲気が、先ほどまでとは明らかに違っていた。
【過去に何度も調査隊が派遣されたけど、誰一人帰ってこなかった場所】
【そこから先はSSS級ダンジョンの最深部だぞ】
【絶対に入るな!!】
【頼む、止まってくれ!】
【おい待て! その奥はマジで世界の終わりだ!!】
視聴者数は、いつの間にか十万人を超えていた。
コメントは画面を埋め尽くすほどの勢いで流れている。
【運営は何をしてるんだ!】
【誰かギルドに連絡しろ!】
【もう間に合わないかもしれない】
【お願いだから戻って!】
「……そんなに危険な場所なんですか?」
俺は扉を見上げた。
確かに、これまでの通路とは雰囲気が違う。
それに、扉の向こうからは、何か強そうな魔物の気配がする。
「なるほど。これは期待できそうですね」
俺は笑顔でドローンに向き直った。
「それじゃ、ちょっと奥まで行ってきますね」
【行くなあああああ!!】
【誰か止めろ!!】
【本当に世界が終わるぞ!!】
そんな絶叫が画面を埋め尽くす中、俺は扉に手をかけた。
そして――。
ゆっくりと、その扉を開いた。




