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第3話:今さら「戻ってきて」と縋られても、裏ボス周回中で忙しいのでムリです


――ギィィィ……。


重々しい音を立てながら、巨大な扉が開いていく。

その先に広がっていたのは、これまでの通路とはまるで違う空間だった。


天井は見上げても届かないほど高く、壁や床は黒い石で覆われている。

そして、その最奥。

漆黒の玉座に、一人の男が座っていた。


黒い鎧を身にまとい、頭には二本の角。

その姿からは、ただならぬ威圧感が放たれている。


【冥府の魔王ハデス】


人類が百年以上にわたって討伐を試みながら、一度として勝利できなかった存在。

SSS級ダンジョン『絶望の深淵』の真の支配者。

人類にとって、決して触れてはならない天敵だった。


【…………】


【嘘でしょ?】


【あれ、ハデスじゃないか?】


【なんであいつがそこにいるんだよ】


【人類不可侵領域の最奥にいるはずの魔王だぞ?】


配信画面には、困惑するコメントが次々と流れていく。

しかし、当の本人はというと。


「おお!」


俺は思わず声を上げた。


「今度は人型の魔物ですか。コスプレみたいで格好いいですね!」


【コスプレw】


【魔王様をコスプレ扱いするなw】


【頼むから相手の名前を見てくれ】


【こいつ本当に何も分かってない】


俺の声が聞こえたのか、玉座に座っていた魔王がゆっくりと顔を上げた。


「……人間、か」


低く、重い声が広間に響く。


「よくぞここまで辿り着いた。愚かな人間よ。貴様は――」


そこで、魔王の言葉が止まった。

理由は分からない。

ただ、魔王の表情がわずかに変化していた。


(……何だ?)


魔王は目の前の青年を見つめる。

一見すれば、何の変哲もない人間。

だが、その身体から放たれている魔力は、明らかに異常だった。


いや、魔力という言葉では足りない。

存在そのものが、あまりにも巨大すぎる。


(馬鹿な……)


魔王の身体が震えた。

かつて幾度となく人類の軍勢を退けてきた自分が、目の前の人間を見ただけで恐怖を覚えている。

その力を数値に換算するならば、少なくとも百二十万レベルに匹敵する。


あり得ない。

人間が、そんな領域に到達できるはずがない。


「お、お前は……一体、何者だ……?」


「え? 俺ですか?」


俺は自分を指差した。


「アメルです。よろしくお願いします!」


【自己紹介してて草】


【そういう意味じゃないだろw】


【気づけ! 相手のほうが怖がってるぞ!】


【いや、あの魔王が震えるって何事だよ】


【人類史上初めて見る光景なんだが】


魔王は玉座から立ち上がろうとした。

しかし、身体が思うように動かない。


(こいつはヤバい……)


本能が告げていた。

目の前の存在と戦ってはならない。


このままでは、自分が消される。

だが、魔王としての誇りが、それを許さなかった。


「人間ごときが……! この冥府の魔王ハデスに逆らうというのか!」


「いや、別に何もしてませんけど」


魔王の身体から、黒い魔力が噴き上がる。

広間全体が揺れ、壁に刻まれた古代文字が不気味に光り始めた。


「我が力の前にひれ伏せ!」


「おお、すごいですね!」


俺は感心した。


「なかなか強そうです」


【なかなかw】


【魔王様、もうやめてくれ】


【この人の中では強い魔物判定なんだろうな】


魔王の手から、巨大な黒い魔力の塊が放たれた。

広間を飲み込むほどの一撃。

それを見た俺は、少しだけ考えた。


(うーん。せっかく人型の魔物と戦えるんだし、あまり強く叩きすぎないほうがいいかな)


そう考え、俺は右手の人差し指を軽く曲げた。


そして――。


「えい」


デコピンを放った。


パチンッ。


たったそれだけ。

だが、次の瞬間。


ドゴォォォォォンッ!!


衝撃波が広間を駆け抜けた。

魔王の身体はもちろん、その背後にあった玉座も、さらに奥の壁までもが一瞬で吹き飛んでいく。

そして、静寂が訪れた。


「…………あれ?」


俺は自分の指を眺めた。


「ちょっと強くやりすぎたかな?」


目の前には、魔王の姿はない。

残っていたのは、床に転がる巨大な魔石だけだった。


そのとき。

視界の中央に、見慣れない表示が浮かび上がった。


【最終ボス:冥府の魔王ハデスを討伐しました】


【ダンジョン攻略条件を達成】


【SSS級ダンジョン『絶望の深淵』】


【ダンジョンクリア】


「……おお!」


俺は思わず声を上げた。


「クリアできたみたいですね!」


その瞬間、配信画面がとんでもないことになった。


【は??????????】


【魔王様がデコピンで消し飛んだんだが???】


【人類が100年かけて勝てなかった裏ボスだぞw】


【待って待って待って】


【今の一撃、何???】


【もうだめだこのFランクw】


【もうすごい通り越して怖い】


【これもう伝説の配信だろ】


視聴者数は30万人を突破。

さらに、配信の切り抜き動画は次々と投稿され、SNSの話題を独占し始めていた。


『Fランク冒険者、魔王をデコピンで討伐』


『百年間攻略不可能だったSSS級ダンジョンが陥落』


『世界最強の冒険者、ついに現る』


そんな見出しが、あちこちに並んでいる。

だが、俺はそんなことを知る由もなかった。


「それにしても、魔石が大きいですね」


【だからそこじゃないだろw】


【こいつどんだけ魔石好きなんだよw】


俺は床に転がっていた魔石を拾い上げる。

かなりの価値がありそうだ。


「これはいい収穫になりそうです」


【収穫w】


【歴史動かした人の感想がこれ】


【この人、最後までブレないな】


【もう好き】


     ◇


その頃、王都の冒険者ギルド。

ギルドマスターのザックスは、執務室で配信を見つめていた。

隣には、幼馴染のレオンとミリアの姿もある。


「…………」


誰も口を開かなかった。

画面に映っているのは、紛れもなくアメル。

数時間前、自分たちがFランクの無能として追放した男だった。


その男が今、世界中の冒険者が恐れていた魔王を倒した。

しかも、デコピン一発で。


「……嘘だろ」


レオンがかすれた声を漏らす。


「アメルが……あの魔王を?」


「そんなはずないわ……」


ミリアも顔を青ざめさせていた。


「だって、あいつはFランクだったじゃない……」


「違う」


ザックスが震える声で呟いた。


「俺たちは、とんでもない勘違いをしていたんだ」


測定不能。

あれは、測定器の故障でも、アメルの能力不足でもなかった。

測定できないほどの力を持っていたということだったのだ。


「今すぐ連絡を取れ!」


ザックスは机を叩いた。


「アメルをギルドに呼び戻すんだ! 報酬はいくらでも出す!」


「し、しかし、今さら応じてくれるでしょうか……?」


「そんなことを言っている場合か!」


ザックスはギルドの公式アカウントを開いた。

そして、配信画面に表示された投げ銭機能を使い、必死にメッセージを送った。


     ◇


「お?」


俺は配信画面に表示された大きなメッセージに気づいた。


【ギルド公式アカウントから投げ銭が届きました】


【金額:100万ゴールド】


【メッセージ:アメル! 先ほどは本当にすまなかった! 私が悪かった! どうかギルドに復帰してくれ! 君をSランク冒険者として迎え入れる! 報酬も今までの十倍を保証する!】


「え? ザックスさん?」


その名前を見て、少し驚いた。

どうやら、俺の配信を見てくれていたらしい。


【出たw】


【100万ゴールドで釣ろうとしてて草】


【十倍w】


【こいつ追放するとかこのギルドバカだろw】


俺はカメラに向かって笑顔を向けた。


「お久しぶりです、ザックスさん」


そして、ゆっくりと首を横に振る。


「お誘いはありがたいんですけど、戻るつもりはありません」


【正論】


【いいぞ!】


【もっと言ってやれ!】


「それに、今ちょうど考えていたところなんですよ」


俺は手元の魔石を眺めた。


「ここの魔物、素材も魔石もかなり美味しいみたいなので」


少し考えてから、俺は続けた。


「これから二周目に入ろうと思っていたところなんです」


【…………】


【二周目?】


【え?】


【ちょっと待って】


【この人、今クリアしたばかりだよな?】


【周回する気なのかよwwwww】


【もうだめだw】


俺は改めてカメラに向かって微笑んだ。


「なので、今さら戻ってこいと言われても――」


少し間を置いて。


「無理です!」


【手遅れで草】


【ギルドさん、残念でしたw】


【最高w】


【これが本当のざまぁか】


【ギルドの見る目がなさすぎる】


画面は、祝福と笑いのコメントで埋め尽くされていた。

一方、王都のギルドでは。


「…………終わった」


ザックスが椅子に崩れ落ちた。

レオンもミリアも、もはや何も言えなかった。


自分たちが追放した男は、もう自分たちの手の届かない場所へ行ってしまったのだ。

そして、アメルはというと。


「さて、次はどこのダンジョンに行こうかな」


そんなことを考えながら、手に入れた魔石を大事そうにしまっていた。

彼の冒険は、まだ始まったばかりだった。

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