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雷鳴の辺境伯〜借金まみれの『雷の谷』に追放された雷オタクの三男、落雷を資源に変えて最強の辺境を築く〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第10章 封鎖破り

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第92話 門の外の市

 ミルデの門の前には、石の橋が一本架かっている。橋を渡りきった先から門の内側までが組合の町で、橋の手前の土の道は王の街道だった。


 イルゼは街道の端に荷車を止め、騾馬を外して、地面に麻布を広げた。二型を一つずつ並べていく。朝の薄曇りの下で、壺の胴の青い光が地面の泥を淡く照らした。門の脇に立つ門番が、槍を肩に立てかけて腕を組み、黙ってそれを見ていた。


 昼前になって、門の中から紋のついた前掛けの男が出てきた。組合の検め役だった。


「おい。そこで商いはならんぞ」


 イルゼは布の端に座ったまま、足元の土を指さした。


「ここ、どこだと思う」


「ミルデの門前だ」


「王の街道の上だよ。王領だ。王領で商いをすんのに、組合の鑑札は要らねえ。町の決まりは、そこの橋の向こうからだろ」イルゼは顎で石橋を指した。「文句があるなら王家財務に言いな。あたしの債権者だ。話が早えぞ」


「……債権者に、借金取りの話を持ち込めと言うのか」


「借金取りはあたしのほうだよ。元だけどな」


 検め役はしばらくイルゼの顔を見ていた。それから門番に何か囁いて、門の中へ戻っていった。門番は腕を組んだまま、今度はイルゼのほうを見なかった。


 客は来なかった。門を出入りする荷車は、青い壺の列の前でわざと速度を落とさずに通り過ぎた。御者の何人かは壺に目をやってから、門の上の組合の旗を見上げた。ズデンカの五騎は道の両脇で馬の脚を休ませている。ヴォルタは壺の山の上で丸くなったまま、耳だけを動かしていた。


 イルゼは通り過ぎる荷車に、一台ずつ声をかけた。坑道の灯り、鍛冶の火付け、藁の納屋の夜番。一月もって、油も芯も要らねえ。御者は聞こえないふりをして手綱を振った。三台目の御者だけが、振り返って言った。


「門の中で売れねえ物を、門の外で買ってどうする。町に入れて使えねえ」


「町に入らねえ所で使えばいい。村だよ。あんたの村は、門の中にあんのか」


 御者は答えずに行ってしまった。門番が、槍の柄で自分の肩を叩いた。


「朝から立ちっぱなしで、寒くねえのか。取立屋」


「寒いよ。あんたと同じだ」イルゼは布の上で膝を抱えた。「あんたは給金で立ってる。あたしは借金で立ってる。どっちが寒いか、そのうち比べてみな」


 門番は鼻を鳴らし、それきり口をきかなかった。けれど昼の交代のとき、次の門番に何か耳打ちして、市のほうを顎で指した。


「客が来ねえ市は、市じゃねえな」ズデンカが馬の首を撫でながら言った。


「来るよ。来ねえ理由を、向こうが勝手に作ってるだけだ」イルゼは帳簿を開き、何も書かずにまた閉じた。「理由は、そのうち重くなる。重くなったら、秤のほうが傾く」


「秤の話は分からない」


「分かんなくていい。馬の脚、休ませとけ」


 昼過ぎに、最初の荷車が来た。


 見覚えのある顔が御者台にいた。アダルベルトの村の者だった。後ろにもう二台、麦袋を積んだ荷車が続いている。先頭の男は荷車を止めると、帽子を取った。


「村長から。門の中に入れる麦を、ここで下ろしていけって」


「組合の秤を通さねえでいいのか」


「村長は、秤で量られるより、あんたに値切られるほうがましだって」男は壺の列を見た。「それと、あの灯りを一つ。藁の納屋に置いても火の出ねえ灯りだって、谷から来た者に聞いた」


「出ねえよ。雷は藁を焼かない。壺に入ってる分はな」


 イルゼは男と値を詰めた。麦と壺を秤にかけ、三度値切り、三度目で握手した。村の男が帰ったあと、橋のたもとでずっとこちらを窺っていた男が近づいてきた。白い粉が眉にまでついている。組合の前掛けをしていた。


「川下で、水車を回してる」男は小声で言った。「粉挽き小屋は、火が怖い。粉が舞ってるところに灯りを持ち込むと、火が粉を伝って小屋ごと吹っ飛ぶ。去年、上の小屋がそれで燃えた」


「で、いくら」


「……組合に見つかったら、秤を取り上げられる」


「見つかんねえように、夜に取りに来な。値は昼の値でいい」


 粉屋は壺の光を覗き込み、それから門の旗を見上げて、何も言わずに頷いた。


 日が傾いたころ、街道の東から一騎が駆けてきた。黒い羽根を髪に挿した若い女で、ズデンカの隊の者だった。峠から延ばしている線の端は、もう王の街道の宿場まで来ている。そこの小屋で受けた拍を、日に一度、市まで運んでくる手はずだった。


 女は馬から下りず、紙を一枚差し出した。拍から起こしたハンネの字だった。一行目は線の進み具合、二行目は谷の倉の残り。三行目は、字が急に大きくなっていた。イルゼは読んで、紙を持つ手を膝に落とした。


「……なんて書いてある」ズデンカが馬の上から訊いた。


「寝台の坊ちゃんからだと」イルゼは紙をひらひらさせた。「一文字ずつ拍に打たせて、宿場まで走らせて、あたしんとこまで馬で運ばせた一言がこれだ。読むぞ。——イルゼさん、ごはん食べてますか」


 ズデンカは空を見た。五騎の誰かが、下を向いて肩を震わせた。


「……で、食ってるのか」


「おいおい。あんたまで訊くな」


 イルゼは紙の裏にペンで一行書きつけて、騎手に突き返した。


「持って帰れ。一字も変えずに打たせろ。——病人が、財務官の飯を数えんな」


読んでいただきありがとうございます!

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