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雷鳴の辺境伯〜借金まみれの『雷の谷』に追放された雷オタクの三男、落雷を資源に変えて最強の辺境を築く〜  作者: 雅龍(がりゅう)
第8章 銅の道

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第77話 細工通りの見張り

 ミルデの細工通りの角に、前掛けの男が立っていた。


 前掛けには秤と麦束の紋。男は壁にもたれて林檎をかじりながら、通りを行き来する荷車と人の顔を、一つずつ眺めていた。見張りだと、隠す気もない立ち方だった。エーミルの工房の戸は、男の立つ角から五軒目にあった。


「表からは入らねえ」イルゼが荷車の陰で言った。「裏へ回る。隣の染め屋の庭を抜けて、井戸の脇の低い塀だ」


「どうして知ってるんですか!?」


「取立屋だったからだよ。取り立てられる奴は、みんな裏口を作る」


 峠が雪で閉じるまで、あと一月あるかないか。谷からミルデまで騾馬で四日。背中の籠には一型の壺が四つと、藁で包んだ雷硝子の細い枝が一抱え入っている。


 ハルデンの灯りは、春までにもっと漏れない壺でなければ続かない。オスヴィンの言った「漏れない壺」を、峠が閉じる前に形にする。そのための一週間だった。


 染め屋の庭には、藍に染めた布が何枚も干してあった。布の間を抜けて、井戸の脇の塀を越えると、エーミルの工房の裏口が細く開いていた。


「来ると思ってた」


 エーミルは作業台の前から振り向きもせずに言った。低く落ち着いた声は、去年の秋と同じだった。窓辺に炉がくすぶり、棚には色硝子の欠片が小箱に分けて並んでいる。


「角の男は、十日前から立ってる。組合を抜けて十年、今さら睨まれて減る物はない。去年そう言ったのを、組合も覚えてたんだろう」


「すみません、エーミルさん。私たちが来るせいで——」


「謝るなら、手を動かせ」エーミルは作業台の布をめくった。「壺を見せろ。三日で半分の壺だ」


「その前に、手間賃だ」イルゼが籠を下ろした。「一週間、窯と炉と、あんたの手。いくらだ」


「要らん」


「要らねえって値は、帳簿に書けねえんだよ。あとで高くつく」


「昔、うちの借金の取り立てをひと月待ったのは誰だ」エーミルは硝子の枝を一本、光にかざした。「その利息だ。取立屋に払う利息なら、俺が決める」


 イルゼは舌打ちをして、帳簿に何か書いた。アルノが覗くと、エーミルの名の横に、角ばった字で零と書いてあった。


     * * *


 最初の三日で、四つ作った。


 一型の芯は、雷硝子の枝を一本、壺の底の粘土に立てたものだった。エーミルはそれを抜いて、光にかざし、指で撫でた。


「枝の肌が、ざらついてる。雷は、このざらつきを伝って上へ這い出す。口まで這えば、そこから外へ逃げる」


「だから、口を塞いだら——」


「口を塞いでも、枝の肌を這うのは止まらん。這う道を、塞ぐんだ」


 エーミルは雷硝子の細い枝を炉で柔らかくし、糸のように引いて、芯の枝に巻きつけた。巻いた上から、もう一度逆向きに巻く。硝子の糸が二重に絡んで、芯の肌を覆った。


 その晩、アルノは計量の型で数えた。満たした時が十二。翌朝が十。


「十です! 一晩で二つ! 前は一晩で四つでした!」


「一晩で二つ減ったら、一週間で空だ」エーミルは言った。


 二つ目の芯は、巻きを細かくした。三つ目は、糸を太くした。四つ目は、巻いた上から釉を焼きつけた。どれも、一晩で二つか、よくて一つ半減った。窓辺に失敗作の壺が並んでいった。中の光は、どれも半分ほどに翳っている。


 五つ目で、アルノは巻きを三重にしようと言った。


「三重にしたら、芯が太くなって塩水に浸かる肌が増える」エーミルは首を振った。「減りは変わらん。漏れてるのは、もう芯のほうじゃない」


「芯です! だって、芯を二重にしたら、一晩で四つ減ってたのが二つになりました!」


「で、そこから減らなくなった。なら、残りの二つは別の道から逃げてる」


「別の道って、どこですか」


「それを探してる」


「探しながら三重にすればいいじゃないですか!」


「一度に二つ変えたら、どっちが効いたか分からんだろうが」エーミルの声が、初めて大きくなった。「硝子の話なら、俺はお前より三十年長い」


「雷の話なら、私のほうが十年長いです!」


 イルゼが戸口で吹き出した。


「おいおい。職人の喧嘩は外でやれ。角の男に聞こえる」


 二人は黙り、それぞれ窓辺の失敗作を一つずつ手に取った。


 アルノは壺を耳に当ててみた。塩水の中の光が、かすかに鳴っていた。じじ、と、乾いた砂を指で擦るような音。一型を作った夏から、壺はいつもこの音を立てていた。音があるのは、中に雷がいる印だと思っていた。


 壺の胴を耳から離し、口のあたりを耳に寄せる。音が大きくなった。


「……エーミルさん。この音、口から出てます」


 エーミルが自分の壺を耳に当てた。長いあいだ、動かなかった。


「栓だ」


 一型の口は、焼いた粘土の栓で塞いである。粘土は湿りを吸う。吸った湿りを伝って、雷がじわじわと外へ滲み出ていく。


「雷木で、栓を作れますか」アルノは籠の底を探った。谷から持ってきた雷木の端材が、何本か入っていた。「雷木は、雷で焼け残った木です。硬くて、湿りを吸いません。谷の人たちが、鉄の代わりに楔にしてます」


 エーミルは端材を受け取り、刃物で削った。硬い。刃が滑って、何度も手を止める。削った栓を炉の火で炙り、表を黒く焼き締めた。焼けた木の匂いが、工房に広がった。


 五つ目の壺の口に、エーミルは焼いた雷木の栓を当てた。ねじ込む。木が硝子の口に噛み込む硬い手ごたえが、見ているアルノの手にまで伝わってくる。


 二度、三度ねじって、エーミルの手が止まった。壺を耳に寄せる。目が、細くなった。


「……今の音、聞いたか」


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