第75話 一本を三十に
尾根の肩に、最初の雪が来ていた。
黒鉄尾根の西の端が、谷の北で一度なだらかに落ちて、肩の形になる場所がある。昔、ハルデンの坑夫が谷の硝子を掘りに来た頃の古道が、その肩を越えていた。今は獣しか通らない。ズデンカの斥候がそこで人の列を見つけたのは、昼前のことだった。
「坑夫が四十。背中に赤い荷。先頭は白い顔の痩せた男」
番小屋の戸口で、ズデンカは短くそう言った。
「オスヴィンさんです!」
「空を見ろ」ズデンカは南西を顎で指した。「列の雲が来てる。肩の上で、午後に鉢合わせだ」
「分かってます! だから行くんです!」
アルノは番小屋を飛び出していた。ズデンカが馬を一頭引いてきて、手綱を渡した。
「覚えておく。あんたが、分かってて行ったことを」
肩の上は、膝までの雪だった。風が南西から吹いていた。見下ろすと、谷の南の湖の向こうから、雲が塊の列になってこちらへ来る。
晩秋の雲は、南西から列で来る。天気帳に去年書いた一行だった。列の先頭の塊は、もう湖の上で底を灰色にしていた。
古道の曲がり目から、人の列が現れた。
坑夫たちが、腰を折って雪を踏んでくる。背負子に赤い延べ棒を二本ずつ。四十の背中に、四十の赤い荷。列の先頭で、オスヴィンが杖をついていた。アルノに気づくと、白い顔の口の端がわずかに緩んだ。
「来ましたね。荷は、谷の分です」
「オスヴィンさん、どうして!? 銅は、組合の秤を——」
「組合の日付より前に、灯りの前金として払い済みだった分です。秋の初めに、谷へ送る約束をした分。蔵には一度も入っていない」オスヴィンは背後の列を振り返った。「北の道は組合が見張っています。だから、古い道を」
「子爵さんは」
「子爵様は今日、いちばん奥の坑道を見回っておられます。朝から、夕方まで」オスヴィンは肩の雪を払った。「何も見ておられない」
アルノは列の先を見た。坑夫たちの頬は雪焼けで赤く、息は白い。一人が背負子をずり上げたとき、延べ棒の端が雪の光を返した。
「急いでください! 雲が来ます。肩を越えて、谷の側へ下りたら、杭の列があります。そこまで行けば——」
「坑夫の足で、半刻」オスヴィンは空を見た。「間に合いますか」
アルノは答えなかった。その上を、雲の影が通った。
* * *
雲が、肩に来た。
列の先頭の塊が尾根にぶつかって、底を下げてきた。灰から紫へ。空気が甘く、焦げたように匂い始める。アルノの左腕の雷紋が、皮膚の下で疼いた。肘から肩へ、首の付け根まで。
「銅を下ろしてください! 雪の上に置いて、離れて、伏せて!」
坑夫たちが顔を見合わせた。古道は肩の上で細くなっていて、片側は雪の崖だった。背負子の紐は凍っている。解くのに手間取る者、紐のまま雪へ尻をつく者、隣の者にぶつかる者。四十の背中の赤い荷は、まだ半分も下りていなかった。
光った。
「いち、に——」
音が来た。近い。雲の底で、次の一本が育っていくのが背中で分かる。拍が距離になる。距離が、落ちる場所になる。去年の冬に湿地で覚えた感覚が、今は落ちる場所の数まで教えてきた。
一つきりでは、済まなかった。
雲の底から、見えない枝が何本も下りてきていた。どの枝も、同じものを探している。人の背中の、赤い荷。雷は尖った鉄より、鉄に触れた人を好む。銅でも同じだった。四十の背中に、四十の枝が伸びてくる。
一点に落とせば、残りの枝がそれぞれの背中へ落ちる。
アルノは左手を空へ上げた。指先に、火花を一粒灯す。ぱち。
空が、答えた。
白い線が指から入り、肘を撫で、肩で折れた。いつもなら、そこから選んだ一点へ抜けていく。今日は、雷が割れようとしていた。体の中で、肩の上で、四十の赤い荷に向かって、何十にも。
割れたがっているなら、割ればいい。
峠の柱の、三方へ分かれる銅線。弱くていい、とハンネに言った。強くても弱くても、跳べば一つ。数えたら一つ。
アルノは数えた。
雷の中の、筋を。肩で分かれようとする枝を、一本ずつ。いち、に、さん、し、ご。声が出ていた。雪の上で、坑夫たちが伏せたまま顔を上げた。ろく、しち、はち。筋の一本ずつに、落とす場所を渡していく。四十の背中の外側。列を囲む雪の上。崖の縁の吹き溜まり。誰もいない白い斜面。
「……おいおい、何を数えてんだ、あの坊や」
伏せた坑夫の誰かが言った。アルノには聞こえなかった。
「にじゅうご、にじゅうろく、にじゅうしち——」
「おいおい、おいおい……!」
「——さんじゅう!」
雷が、アルノの頭上で割れた。
一本の白い幹が肩の高さで三十の青い筋になり、坑夫たちの列を囲むように円を描いて、雪へ突き立った。
筋の一本一本が雪の面を叩き、叩かれた雪が一斉に舞い上がる。雪煙が、三十本の白い柱になって列の周りに立った。柱の真ん中で、四十の背中の赤い荷が、一つも光らずに雪の上に伏せていた。
音が来た。三十の音が一つに重なって、肩の上から谷へ、尾根の向こうのハルデンの方角へまで、転がっていった。
* * *
オスヴィンは、雪の上に伏せたまま顔を上げていた。
坑道で二十年、火の爆ぜる音を聞いてきた。空気が燃える音。人が焼ける音。今の音は、そのどれにも似ていなかった。
周りに立った雪の柱がゆっくりと崩れて、さらさらと降ってきた。隣の坑夫が背中の荷に手を回して撫でていた。熱くない。焦げてもいない。
柱の輪の外、崖の縁に、あの若い保持者が立っていた。左手を空へ上げたまま、口を開けて、雪の降る空を見上げていた。
雷の谷の保持者殿は何でも数える、と夏に聞いた。オスヴィンは帳面を開こうとして、手袋のままではめくれず、やめた。この数は、あの保持者の帳面に書かれる数だった。
* * *
アルノは膝から雪へ座り込んでいた。
腕が熱い。指先から肘、肩、首の付け根、左の鎖骨の上まで、細い痺れが一筋、皮膚の下を走っている。胸の中の拍は、乱れていなかった。一つ、また一つと、ちゃんと鳴っている。
舌の奥に、冷たいものが残っていた。
「……雪の味がします!」
雪の上で、坑夫たちが起き上がった。背中の荷を確かめ、隣の者の顔を確かめ、それから一斉にアルノのほうを見た。誰も、何も言わなかった。雪煙の残りが、夕方の光の中で細かく光って落ちていく。
「今日のいちばん……!」アルノは両手を雪から持ち上げて、空へ突き上げた。「今日のいちばんです! 見ましたか、三十です! 一本が、三十に——」
肩の古道を、誰かが駆け上がってきた。帳簿を胸に抱えて、裾を雪だらけにして、息を切らしている。谷の受け小屋で雷見の旗の知らせを見て、そのまま飛び出してきたのだろう。
イルゼは雪の上の坑夫たちと、輪になって崩れた雪の跡と、座り込んだアルノを順に見て、最後にアルノの前で足を止めた。
「何本だった」
「一本です!」アルノは顔を上げた。頬が雪で濡れて、目が輝いていた。
「嘘つけ。雪の柱が輪になって立ってたって、旗の子が言ってたぞ」
「一本です! ほんとに一本なんです! それを、肩の上で分けて……」アルノは両手の指を広げて、足りないのに気づいて、もう一度広げた。「……三十本でした! 数えました!」
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