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雷鳴の辺境伯  作者: 雅龍(がりゅう)
第5章 雷壺

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第45話 硝子の芯

 若者は生きていた。


 ベアタは三日のあいだ、半地下の施療部屋から出てこなかった。四日目の朝に戸が開き、手を洗いながら言った。


「腹の中は、ぎりぎり避けてる。ひと月は寝かせる。起き上がろうとしたら、あんたが止めな」


「止めます! ……ありがとうございます」


「礼は要らない。あと何本、とあたしが言うのは、あんたの体の話だけだと思ってたけどね」ベアタは手拭いを絞った。「他人の体の分まで数えさせるんじゃないよ」


 アルノは戸口の外で頭を下げた。下げたまま、しばらく上げられなかった。


 施療部屋の寝台で、若者は目を開けていた。アルノが枕元にしゃがむと、若者は天井を見たまま言った。「領主さま。俺、傭兵のときは、雇い主のために刺されたことなんか一度もなかったんですよ。刺す方だったんで」


「……ごめんなさい」


「謝られると困ります。俺が勝手に前に出たんだ。左に歩いたのも、俺が決めたんで」若者は目を閉じた。「次は、壺、ちゃんと光らせてください。俺、あれ見るの好きなんで」


「光らせます。必ず」


 それから壺置き場へ行った。途中の湖の岸で、新しい家の骨組みが三つ、同時に立ち上がりかけていた。峠の西から家族ごと来た者たちの家だ。春に六つだった芝屋根を、アルノは歩きながら数えた。二十と三。


 板の上に、厚い壺を十並べた。ルドミラが黙って焼き足した分だ。アルノは一つずつ、手のひらで表面を撫でた。朝露に濡れたように、どの壺も外側がしっとりと湿っている。


「……汗、かいてる」


「素焼きだからね。中の水が壁から染み出るんだ」ルドミラが腕を組んだ。「水甕なら、それで中が冷える。だから素焼きにしてる」


「雷も、一緒に染み出てるんです。濡れたところを伝って、外の湿った空気へ。だから一日で半分になる。晴れた街道でも、夜露が降りたら、そこから逃げてた」


 アルノは膝をついて、湿った壺の外側に耳を当てた。何も聞こえない。聞こえないまま、ずっと耳を当てていた。


「なら、釉をかける」ルドミラが言った。「内も外も。あたしの窯で焼ける釉は、灰と長石だ。水は通さない」


「お願いします! それと、もう一つ」


 アルノは半地下へ駆け戻り、天気帳の束の下から細長い包みを出してきた。布を解くと、雷硝子の枝が一本現れた。谷へ来た年の秋に掘った、最初の頃の一本だ。雷が砂の中を通った道が、そのまま透明な枝になって固まっている。


「雷は、雷の通った道が好きなんです。杭の鎖を、何度も同じ筋で下りてくる。だったら壺の真ん中に雷の道を一本立てておけば、雷はそこに巻きついて、壁へ逃げにくくなるんじゃないかと」


「硝子を芯にするってのか」ルドミラは枝を光に透かした。「壺の口から底まで。割れないように、根元を粘土で抱かせる。……やってみな。その代わり、割れたら窯の薪代はあんた持ちだ」


「イルゼさんに言ってください!」


「言われなくても聞こえてるよ」帳簿を抱えたイルゼが、選り場の岩に腰掛けたまま言った。「薪代は硝子で払う。掘れ」


 ルドミラは窯の前で灰を篩い、長石を砕き、釉の桶を三度作り直した。ヤネクが黙って窯の薪を割りに来た。鉄の斧でなく、雷木の楔と木槌で割っていた。釉をかけた壺が窯から出るまで、七日かかった。


 その間、アルノは晴れた朝ごとに尾根の麓の砂を掘り、芯になりそうな真っすぐな枝を選り分けた。ハンネが横で、小石を壺に一つずつ落としながら、掘り出した本数を数えていた。


 八日目の午後、雷が来た。杭に落ちた一本が鎖を駆け下り、十の壺へ散った。一つも割れなかった。


「割れてない……! ルドミラさん、一つも割れてません!」


 夕方、アルノは壺の前に座り込んだ。硝子の芯の頭に細い枝を当て、地面の杭へ近づける。青い糸が伸びた。


「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう、じゅういち、じゅうに」


 十二。翌日の夕方は十。その次の日は八。


 三日目の夕方、アルノは壺の前でハンネと一緒に数えた。塩水の底で、芯の硝子が青い木のように光っていた。幹から枝先まで、細い光が脈を打つように行き来している。村の子どもたちが後ろにしゃがみ、息を詰めて見ていた。イルゼも帳簿を抱えたまま立っていた。


「いち、に、さん、し、ご、ろく」


 糸が消えた。


「……ろく」ハンネが言った。


「十二の、半分です」アルノは天気帳に書いた。筆が走る。書きながら、声が上ずっていった。「三日で半分! 一日で半分だったのが、三日で半分になりました!」


「おお」子どもたちがどよめいた。何がすごいのか分かっていない声だった。


 アルノは立ち上がり、服についた砂を払った。西の空に、夕暮れの雲が赤く燃えていた。


「谷から伯領の外れまで、三日でした。この壺なら、着いたときに半分残ります。晴れた日は、空から一本も借りられない。持っていった分が、全部です」アルノは空の赤を見たまま言った。「だから、谷の外では、三日で半分。それを数えて出ます」


「数えてから出ろ、だろ」


「数えてから出ます!」


 イルゼは帳簿を開き、壺の列と、芯の硝子と、アルノの顔を順に見た。ペンの先が、帳簿の余白の上で止まっている。やがて、そのペン先がゆっくりと紙に下りた。


「三日で半分。……で、いくらで売れる?」


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