第36話 夜の選り場
ルドミラの新しい窯は、湖の岸の、少し高くなった砂地に建った。
湖の粘土に、段々畑から流れてきた白い泥を混ぜて練り、石を組んだ上に塗り重ねた。背の低い、蜂の巣のような丸い窯だった。ヤネクが雷木で焚き口の枠を組み、峠の西から来た若い者たちが湖の岸から石を運んだ。窯の口には、初めて焼く鉢と壺が、藁を詰めて並べてある。
「明日の夜明けに火を入れる」ルドミラは窯の肌を掌で叩いた。「昼前に落とす。割れたら、あんたの白い泥のせいだ」
「一番に見に来ます!」
「来るな。見られると割れる」
「見られると割れるんですか!?」
「割れる時は、見てる奴がいても割れる」ルドミラは前掛けで手を拭いた。「だから、いないほうがましってだけだよ」
窯から尾根のほうへ坂を上ったところに、選り場がある。冬のあいだに掘り溜めた雷硝子を、長さと枝ぶりで分けて、藁を敷いた棚に並べておく小屋だ。棚には、エーミルに納める春の分と夏の期限までに売る分が、ぎっしりと詰まっていた。
夕方、イルゼは選り場の戸口で棚の数を数え、帳簿の左の欄に、秋からいちばん長い一行を書き入れた。
「これで、期限の額の三分の一」
「三分の一も!」
「三分の一しか、だよ。残りは夏の午後が掘る」
その晩、アルノは領主館の半地下で天気帳を書いていた。夕立は日暮れ前にやみ、夜になって風が北へ回った。書き終えて、ペンを置いたときだった。
明かり取りの窓の外で、赤い光が揺れた。雷の青い光とは違う。低く、ゆらゆらと、地面の近くで揺れている。秋の夜に見たのと、同じ色だった。
* * *
選り場が燃えていた。芝の屋根から火柱が立ち、藁を敷いた棚が内側から赤く光っている。アルノが坂を駆け上がったときには、屋根の梁が一本、火の粉を散らして落ちたところだった。
村の者たちが桶を手に湖と小屋を往復し、元傭兵の男たちが戸口の藁を掻き出している。熱で顔が焼けそうだった。
棚の上で、雷硝子の枝が溶けていた。透明な枝が火の中で赤く光り、先のほうから飴のように曲がって、ゆっくりと棚の下へ垂れていく。一本の枝が垂れるたびに、ぱちん、と小さな音がした。
「硝子が……!」
アルノは戸口へ飛び込もうとして、襟首を掴まれた。ボルクだった。峠から下りてきたばかりのはずなのに、息が上がっていない。
「入るな」ボルクは襟首を離さなかった。
「離してください! あれ、期限の——」
「入った奴から死ぬ」
湖の岸でも、もう一つ火が上がっていた。ルドミラの窯だった。焚き口に藁が押し込まれ、中から火が噴いている。空の窯が一気に焼かれ、肌のひび割れる音が坂の上まで聞こえた。ルドミラは窯の前に立ったまま、桶も持たずに、割れていく丸い背中を見ていた。
窯の天井が、内側へ崩れた。ルドミラはそれでも動かなかった。火の粉が前掛けに落ちて、小さな焦げ穴をいくつも開けていった。
「……二度目だ」
ルドミラの声は火の音にほとんど消されていた。アルノは桶を掴んで湖へ走りかけ、足を止めて振り返った。ルドミラは頬の雷紋に手を当てていた。前の村で窯を叩き壊した者たちが何と言ったかを、アルノは聞いていない。聞かなくても、その手の置き方で分かった。
* * *
夜が明けると、選り場は黒い穴になっていた。焼け落ちた棚の下で、溶けた硝子が黒い灰と混ざって固まっている。枝の形を残しているものは、ほとんどなかった。湖の岸の窯は、半分が崩れた丸い殻になっていた。
村の者たちは焼け跡の縁に集まって、峠のほうを見ていた。
「黒羽だ」元傭兵の一人が言った。「秋に、村の倉を焼いた連中だろ。やり方が同じだ。夜に、火だ」
「峠の上から下りてくりゃ、選り場はすぐそこだ」別の男が言った。「冬に俺たちが狩った仕返しかもしれねえ」
村の年寄りたちは黙っていた。黙っていたが、誰も首を横に振らなかった。秋の夜、倉の芝屋根に刺さった火矢を、この村の者は全員見ている。
「ボルクさん」アルノは振り返った。「峠の上で、何か見えましたか」
ボルクは焼け跡から目を上げなかった。
「野営地の焚き火は、夜通し見えた。人が下りたかどうかは、見てない。見てない以上、下りなかったとも言えん」
峠道を、黒い羽根が三つ下りてきた。先頭のズデンカは焼け跡の縁で立ち止まり、崩れた棚と、溶けた硝子と、村の者たちの目を順に見た。
「うちじゃない」ズデンカは言った。「うちじゃない証拠も、ない」
誰も、何も言わなかった。峠の上の野営地と、選り場の焼け跡と、そのあいだの坂道を、村の者たちの目が行き来していた。アルノは拳を握った。ズデンカの顔を見て、村の者たちの顔を見て、また焼け跡を見た。
「……疑いたくないです」
「疑いたくないってのは、証拠じゃねえ」樽屋の年寄りが言った。「その勘で、もう一度村の麦を焼かれたら、どうする」
アルノは答えられなかった。喉の奥に熱いものがせり上がってきて、それを飲み込むのに、ひどく時間がかかった。秋と同じだった。空ばかり見て、足元の火を見ていなかった。
イルゼは一人で、焼け跡の中を歩いていた。帳簿を脇に挟み、溶けた硝子の塊を靴の先で転がし、崩れた棚の数を数えている。数え終えると、帳簿に一行書いた。
「半分だ。冬に掘った分の、半分が消えた」
それからイルゼは湖の岸へ下り、崩れた窯の焚き口の前にしゃがみ込んだ。焼け残った藁の端を指でつまみ、鼻に近づける。眉が寄った。もう一度嗅いで、指先をこすり合わせた。指が、ぬるりと光った。
「……菜種油。ミルデの、組合の倉にしかねえやつだ」
読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、ブックマークや下の★★★★★で応援してもらえると、とても励みになります。




