第14話 雷木
尾根の麓の林は、半分が死んでいた。
立ったまま黒く焦げた幹が朝の光の中に何十本も並んでいる。雷に打たれて燃え、燃え残った木だった。枝は落ち、樹皮は炭になって、叩くと鉄のような音がする。村ではこれを雷木と呼んで、斧が欠けるので薪にもしない。峠道の柵に組んだのが、谷で初めての使い道だった。
「これが、車軸になります!」
アルノは焦げた幹を右手で叩いた。こん、と硬い音が返ってきた。
「車軸」イルゼが帳簿を開いた。「荷車の、あの棒か」
「はい。峠を越える荷車は、みんな鉄の車軸と鉄の箍です。だから鉄喰い峠なんです。雷が鉄を喰う。でも車軸が木なら、峠の上で雲が来ても、荷車は雷に好かれません」
「木の車軸なんて、すぐ折れるだろ」
「普通の木なら、折れます。これは、雷が焼いて、焼き残した木です。斧が欠けるくらい硬いんです」
イルゼは幹を指で弾き、しばらく黙って音を聞いていた。帳簿にペンを走らせる。
「ミルデの車大工なら、車軸になる丸太は一本銀六十で買う。雷木なら、もっと取れるかもしれねえ。峠を越える商人は、みんな鉄の車軸で肝を冷やしてるからな」
「売れるんですね!」
「売れるかどうかは、運び出せるかどうかだ」イルゼは林を見回した。「この丸太、誰が担ぐんだよ。村の若いのは硝子掘りで手一杯だぞ」
アルノは峠のほうを見上げた。イルゼも同じほうを見て、嫌な顔をした。
* * *
番小屋の戸は、三度叩いてようやく開いた。ボルクは右の耳をこちらへ向けて、アルノの話を最後まで聞いた。雷木、車軸、峠を越える荷車。聞き終えても、しばらく何も言わなかった。
「日当は、銀一でどうです」イルゼが言った。「谷の相場より上だよ」
「要らん」
「要らねえって、ただ働きかよ」
「働くとも言ってない」
ボルクは壁から斧を外した。刃を指の腹で撫で、戸口を出て、峠を下りはじめた。アルノとイルゼは顔を見合わせ、慌ててその背中を追った。
尾根の麓の林で、ボルクは雷木の前に立った。幹を撫で、斧を振る。刃が幹に食い込み、火花が散った。二度、三度。硬い音が林に響き、やがて幹がきしんで、ゆっくり倒れた。倒れた幹が地面を打つと、炭になった樹皮が黒い粉になって舞い上がり、三人の髪と肩に降った。イルゼが帳簿を胸に抱えたまま、外套の陰で咳き込んだ。
ボルクは倒れた幹の皮に斧の刃を入れた。黒焦げの樹皮が厚い殻のように剥がれていく。
中から、琥珀色が出てきた。
炭の殻の下の芯は蜜を固めたような深い色をしていた。朝の光が当たると、木目の奥がつやつやと光る。焼かれた熱が木の芯を締めて、飴のように固めたのだ。
「きれい……!」アルノは膝をついて、芯に頬を寄せた。「雷が、この木を選んで、焼いて、この色を残したんです。ボルクさん、雷木って、雷が作った木なんです!」
ボルクは答えずに、次の幹へ斧を向けた。
昼までに、ボルクは七本を倒して皮を剥いだ。アルノは片手で剥いだ皮を集め、イルゼは丸太の長さと太さを帳簿に書き、村の男たちが二人一組で丸太を村へ運んだ。ボルクの額に汗が光り、左頬の古い火傷が赤くなっていた。
昼の休みに、アルノは村の古い荷車の下に潜り込んだ。錆びた鉄の車軸を外し、剥いだばかりの雷木を削って嵌める。片手では楔が打てず、槍の少年が槌を握った。荷車に石を積み、坂の上から押し出す。車輪は軋みもせずに回り、坂の下まで転がって、石を一つも落とさずに止まった。後を追って駆け下りた槍の少年が車輪に耳を寄せ、「鳴かない」と言った。鉄の車軸の荷車は、峠の上でいつもきいきいと鳴いていた。
「回りました! イルゼさん、回りました!」
「見りゃ分かる。叫ぶな」イルゼは帳簿に車軸一本の値を書いて、その横に丸をつけた。
雲が尾根にかかり始めた頃、ボルクは斧を下ろした。切り株に腰をかけ、尾根の上を見ていた。
「十年前」
アルノは手を止めた。ボルクが自分から話し始めたのは、初めてだった。
「上から命令が来た。尾根の上に、隣の国の斥候が出たと。俺たちは鉄の槍を担いで、昼に登った。雲が来ても、命令は下りろと言わなかった」
それだけだった。番小屋の壁の、同じ日付の下に並んだ名前を、アルノは思い出した。一つ一つの刻み目の深さまで、思い出せた。
「……ボルクさん」
「なんだ」
「それでも、ここの雷は、この木を残してくれました」アルノは琥珀色の芯を撫でた。「雷は、奪うだけじゃないです。雷が焼いた木で、峠を越える荷車が守れるなら、それは——」
ボルクが立ち上がった。
アルノは言葉を飲み込んだ。ボルクの目は、怒っていなかった。ひどく遠くを見ていた。尾根の上に、雲の塔が伸びはじめている。
イルゼが帳簿を閉じた。何か言うかと思ったが、黙ってアルノの袖を一度だけ引いた。
ボルクは斧を、切り株に打ち込んだ。刃を幹に食い込ませて、そのまま手を離す。背を向け、峠へ続く道を上っていく。数歩行ったところで、振り返らずに言った。
「俺は雷が嫌いだ。雷の好きな奴もな」
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