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雷鳴の辺境伯  作者: 雅龍(がりゅう)
第2章 雷硝子

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第13話 落雷のあとを歩く獣

 谷へ戻ってからの硝子掘りは、朝だけになった。


 夜明けに村の者が木の鋤を担いで尾根の麓へ下り、日が高くなる前に引き上げる。アルノは左腕を吊ったまま焦げた輪の縁を歩き、どこを掘るかを指で示した。ハンネが小石の壺を抱えて後ろをついてくる。昨日の午後に落ちた場所を、ハンネは全部覚えていた。


「そこ、昨日のいちばん大きい音。お腹まで響いた」


「じゃあ深いですね。ここを掘ってください!」


 槍の十二人のなかで一番年下の少年が、鋤を砂に突き立てた。尾根の戦いの日に、地面に頬をつけたまま「おいおい」と言った少年だ。掘るのが速く、見つけるのはもっと速い。砂の中から白い殻が覗くたびに、鋤を放り出して手で掘った。


 三日目の朝、少年は腕ほどの枝を一本掘り当てて、折らないように胸に抱いたまま、村まで走って帰った。走りながら、ずっと笑っていた。途中で一度転んで、枝より先に膝を擦りむいた。


 掘れば、枝は出る。けれど出るのは、たいてい指ほどの細い枝だった。腕ほどの枝は、十日掘ってわずかに二本。イルゼは選り分けた枝を帳簿の上に並べ、並べるたびに舌打ちをした。


「ひと月で十本だぞ。この調子じゃ、峠が閉じるまでに半分だ」


「太い雷が落ちたところを掘れば、太い枝が出ます。だから、太い雷がどこに落ちるかを見ておけばいいんです」


「見てどうすんだよ。昼からは外に出られねえだろうが」


「出ません。村の外れの、杭のところから見るだけです」


「見るだけ、ね」イルゼは帳簿の角で自分の顎を叩いた。「あんたの『だけ』は、信用ならねえ」


 その日の午後、アルノは村の外れの雷よけの杭の陰に腹這いになって、尾根の麓の白い砂を見ていた。雲の底が尾根にかかり、落ち始めてから半刻。砂の上に黒い輪が一つ、また一つと増えていく。右手で帳面に印をつけ、光と音の間を数える。


「いち、に、さん……近い。あそこは深い」


 隣でハンネが、同じ輪を小石で数えていた。後ろの窪みには、イルゼが外套をかぶって座っている。見張りだと本人は言った。


 日が傾き、雲が尾根の奥へ遠ざかりはじめた頃、砂の上に最後の一本が落ちた。白い光が尾根の麓を真昼のように照らし、雷鳴が杭を震わせる。落ちたところから、煙が細く立ちのぼった。


 その煙の中を、何かが歩いていた。


 白い獣だった。山猫にしては大きすぎ、狼にしては脚が長い。雪のような毛並みが歩くたびに青白く光る。毛の先で小さな火花がちりちりと弾け、獣が首を振ると、火花が煙の中に散った。獣は焦げた輪の真ん中まで歩いていき、鼻先を砂に押しつけた。


 アルノは息を止めた。見たことのない生き物だった。十年分の帳面のどの頁にも、行商人のどの話にも、あんな白いものは出てこない。


「……なに、あれ」


「見るな」


 後ろから、低い声がした。樽屋の年寄りが、いつの間にか杭の陰に屈んでいた。薪を背負ったまま、目を伏せている。


「谷の者は、あれを見たら目を伏せる。落雷のあとを歩くなってのは、あれのことだ。雷が落ちたところには、あれが来る。わしの親父の代から、ずっとだ」


「雷が落ちたところに、来る……!?」アルノの声が上ずった。帳面を放り出し、腹這いのまま肘で前へ出る。「じゃあ、雷を追いかけてるんですか!? どこから来るんです!? 冬もいるんですか!?」


「知らん。知りたがった奴は、みんな」


「近くで見たいです!」


 アルノは杭の陰から半身を乗り出した。その襟首を、右からイルゼが掴んだ。左から、ハンネが外套の裾を掴んだ。二人がかりで引き戻され、アルノは杭の根元に尻もちをついた。


「おいおい、話聞いてたか!? じいさんの話、途中だったろ! 知りたがった奴は、みんな、なんだよ!」


「みんな、なんですか?」


 年寄りは答えなかった。答えのかわりに、顎で砂地を示した。


 獣が、顔を上げていた。


 煙の向こうから、こちらを見ている。杭までは、石を投げても届かない遠さだった。それでも獣は鼻を上げ、風の匂いを嗅ぐように首を伸ばした。鼻先が、まっすぐアルノの左腕を向いていた。吊った布の下の、雷の通った跡を。


 獣が、低く鳴いた。


 喉の奥で転がすような、遠い雷鳴に似た声だった。毛並みの光が一度だけ強くなり、それから獣は身を翻して、尾根の北へ、焦げた岩のあいだへ消えていった。


 誰もしばらく動かなかった。ハンネが、握っていた小石を壺に落とした。からり、と鳴った。


「数に入れんのかよ、今の」イルゼの声が、珍しく掠れていた。


「入れる」ハンネが言った。「雷のあとだから」


 イルゼは外套の土を払った。アルノの襟首からは、まだ手を離さない。


「坊ちゃん。二度と近づくな。あれに食われたら、八百四十は誰が払うんだよ」


「……はい」返事をしながら、アルノの右手は、放り出した帳面を探して砂の上を這っていた。


 アルノは自分の左腕を見下ろした。布の下で、肘から肩へ伸びた赤い枝が、脈に合わせて疼いている。痛みとも熱ともつかない疼きが、腕の中で一方へ寄っていく。獣が消えた、尾根の北のほうへ。


読んでいただきありがとうございます!

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