第115話 数えさせる
二日目の朝も、晴れていた。
夜のうちに、伯の兵は一つ目の角に陣を固め、新しい板を運び上げていた。朝の最初の一刻が過ぎると、坂の上で角笛が短く鳴り、盾の列から二十人ほどが下りてきた。二つ目の角の手前の直線を、板を敷きながら、ゆっくりと。
「来た!」槍の若い者が岩の上で叫んだ。「二十!」
アルノは樽の帯に手を当てた。銅の冷たさの奥で、樽の中の雷が小さく唸っている。
「待て」ボルクが言った。「あの数で、角は越えられない」
二十人は直線の半ばで止まり、しばらく坂の下を眺めてから、また一つ目の角へ引き返していった。板を敷いた跡だけが残った。
一刻後、また角笛が鳴った。今度は三十人。直線の三分の二まで下りてきて、また引き返す。その一刻後には、四十人が下りてきた。
「……伯爵さんは、数えさせに来てます」アルノは帯から手を離した。「私が何回撃つか。一回に何本か。何回撃ったら樽が空になるか。ここで数えて、帳面に書くんです」
「知ってる」イルゼは膝の上の帳簿に、角笛の数を書き込んでいた。「去年の天幕で言ってたろ。体が一日に何本まで耐えるか、記録しとくって」
「はい。だから、撃ちません」
「撃たねえで、止まるのか」
「止めるのは、ボルクさんです」アルノは岩棚を見上げた。「私が撃つのは、止まらないときだけです」
四十人が直線の端まで下りてきたとき、ボルクが右手を上げた。二つ目の角の上の岩棚から、槍の者たちが丸太を転がした。丸太は坂の直線を跳ねながら落ちていき、板を敷く男たちの列の前で岩にぶつかって止まった。四十人は丸太を見て、引き返した。
「丸太は、何本ある」ボルクが岩棚の上へ訊いた。
「まだ、たくさん!」上から、槍の者の声が返った。
「なら、丸太で数えさせとけ」ボルクは岩棚を見上げた。「伯の帳面に、丸太の本数でも書かせろ」
* * *
昼過ぎ、坂の上の伯の列が、四度目に大きく動いた。今度は盾の列ごと、百を越える数が二つ目の角へ向かって下りてくる。丸太を越え、板を敷き直し、三歩の間を崩さずに。
「止まりません」槍の若い者が言った。
「はい」アルノは樽の栓に指を掛けた。「これは、止まらないほうです」
同じ頃、北の尾根の肩の古道を、ズデンカの騎兵が駆け下りていた。
峠の西の麓の林に、連合の荷駄が繋がれていた。黒い羽根を髪に挿した騎兵が林の端から飛び込み、騾馬の綱を切り、麦の袋に火をかけた。板の束を谷へ蹴落とし、振り返らずに尾根へ駆け上がっていく。荷駄の番の兵が矢を放った。一騎が肩を射られ、鞍から落ちかけて、隣の騎兵に腕を掴まれて引き上げられた。
二つ目の角の上で、アルノは樽の栓を抜いた。
腕を上ってくる雷を数え、三十に分けて、列の先頭の板と足元へ落とした。昨日と同じ扇が、晴れた坂の上に開いた。先頭の者たちが膝をつき、割れた板が燃え、その後ろで列が止まった。そのとき、峠の西の麓の林から、黒い煙が上がった。伯の列の後ろで角笛が鳴り、列は荷駄の煙を振り返りながら、一つ目の角へ戻っていった。
アルノは空になった樽の帯から手を離した。痺れが肘まで来ていた。その日、アルノが撃ったのはそれきりだった。
* * *
夕方、峠の西の陣。
アロイスは天幕の前で杯を傾け、焦げた荷駄の報告を聞き流していた。指の三つの指輪が、夕日を受けて光っていた。
「朝から四度、兵を下ろした。雷使いが撃ったのは、昼の一度きりだ。あとは丸太と、山賊上がりの騎兵で誤魔化している」アロイスは杯を掲げた。「弾切れだ。樽が尽きたのさ。明日の朝、全軍で下りれば済む」
天幕の陰で、マティアスが腕を組んで坂の上を見ていた。近衛の緋の外套は、この陣では目立ちすぎた。
「……あいつは、数えてる」
「何だ、見届け役殿」
「何でもありません」マティアスは外套の裾を払った。「弟は子どもの頃から、雷が来るまでの拍を数える癖がありまして。撃たないのは、弾がないからじゃない。何かを数えて待ってるときの顔です。……遠くて見えませんがね」
アロイスは鼻で笑い、杯を干した。マティアスはそれきり口をつぐみ、坂の上の、雲のない空を見上げていた。
* * *
谷の施療部屋で、黒羽団の若い騎兵が肩の矢を抜かれていた。もう一人は脚に矢、もう一人は落馬で腕を折っていた。ズデンカは戸口の柱にもたれ、三人が縫われるのを黙って見ていた。
「騾馬は四十。麦は林ごと焼いた」それだけ言って、ズデンカは出ていった。
ベアタは三人の傷を縫い終えると、手を洗って、アルノの前に立った。
「腕を出しな」ベアタは丸椅子を引き寄せた。
アルノは左の袖をまくった。ベアタは肘から指先までを指でたどり、鎖骨の上の雷紋を押し、手首を取って脈を数えた。
「今日は、何本だい」
「一本と半分です。昨日の分と足したら、三です」
「昨日の痺れは」ベアタの指が、肘の内側で止まった。
「朝には引いてました」
ベアタは手首を離した。「樽の分は小分けだからね。一晩で引くなら、足し算にはならない」窓の外の、晴れた夕方の空を見る。「引かないうちに呼んだら、そこから足し算だよ。覚えてるね」
「覚えてます」アルノは袖を下ろした。「明日の昼まで、十本、まるごと残して待ちます」
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