第6話 - 人脈も実力のうち
誰もいない教室で、大輝は一人、ノートにペンを走らせる。本当は部活に行ってひまわりの絵を描きたいが、今は勉強が優先だ。
天音は「一緒に勉強する」と言ってくれた。自分が大輝に迷惑をかけたと思っているのかもしれない。大輝も天音と一緒にいられるのは嬉しいのだが、気持ちだけ受け取った。天音の助けを借りて好成績をとっても、大輝の力で乗り越えたことにはならない気がしたのだ。
(つってもなー……。勉強なんてしてこなかったから、どうしたら頭に入るのかわかんねぇ)
大輝はいつも最低限の提出物だけ終わらせ、あとはテスト範囲にざっと目を通すだけだった。それで平均点を取っているのはある意味すごいかもしれないが、それ以上に頑張ろうとしたことがなく、勉強の仕方がわからない。
(やっぱり羽生さんに教えてもら……いやいやいや、それじゃダメだ。オレが、オレの力で頑張らないと)
今はとりあえず、教科書の全ての文字をノートに書き写している。書いたら覚えられると思ったのだが、そんなことはないらしい。
「はぁ~……。勉強ってどうやるんだ?」
「教えてやろうか?」
目の前から聞こえた声に驚き、大輝は顔を上げる。細長い体を見上げていくと、そこには翔太の顔があった。
「翔太、いつの間に……」
「さっきからいたけど。お前全然気づかないんだもん」
翔太が大輝の前の席の椅子を引き、背もたれに肘をかけるように座る。肘の上に顎を置き、翔太はにやにやと笑う。
「大輝さ、俺の特技知ってる?」
「……テスト」
「そう」
翔太はバスケ部にでもいそうな見た目をしているが、実際は座学特化型だ。テストはいつも満点で、学年一位の成績を誇る。この平凡な高校に入った理由は「家が近いから」だ。
(たしかに、翔太に聞いたら早そうなんだけど……)
しかしそれは、頼る相手が天音から翔太に変わっただけだ。大輝は目を伏せ、制するように翔太に手を向ける。
「ありがたいけど、これはオレが自分でやらなきゃいけないやつだから……」
「大変だなー、天使の彼氏って」
大輝の体が凍ったように固まる。顔を上げると、翔太は先ほど以上に意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「え……知ってた……?」
「見たらわかるだろ。毎日天使と二人で帰ってるし。そもそも、お前が天使のこと好きなの知ってるし」
「あー……そうだよな……」
いつかはばれると思っていたが、いざその日が来ると大輝は恥ずかしい気持ちになる。もしかしたら今、自分の顔は真っ赤かもしれない。
「さすがに、みんなが気づいてるわけじゃないよな……?」
「さあ。でも噂になってないってことは、そんなに気づかれてないのかも」
「だよな! 知られてたら今頃大群が押し寄せてるよな!」
「校舎裏に呼び出されてボコられんじゃね? 返り討ちにできるだろうけど」
「しねーから」
「で、なんで勉強してんの? 有先の宿題?」
突然話題を戻され、大輝は広げたノートを見る。真っ黒な文字だけが並ぶそれは、今見ると何が書いてあるかわからない。
「宿題っつーか……課題?」
「ふーん。有先は天使のなんなの?」
「従者みたいな?」
「お金持ちってすげー。なに? 勉強できないやつが彼氏なんて認めません的な?」
「そんな感じ」
「漫画かよ」
「オレもそう思う」
翔太はつまらなそうな顔で、大輝の真っ黒なノートを眺めている。
「課題って具体的に何?」
「全科目九十点以上取れって」
「楽勝じゃん」
「お前はな」
「条件とかあんの?」
「ないけど……」
「じゃあ、お前一人で頑張らなくていいじゃん」
「それは……」
大輝は翔太から目をそらし、シャープペンシルの先を無意味に眺める。たしかに翔太の言うとおり、一人で頑張るというのは大輝が設けた制約だ。有馬に、自分の実力として確実に認めてもらうために。
「一人でやらないと、オレの力じゃない感じがするっていうか……」
「そんなことないだろ。使えるもんは何でも使えよ」
「いや、でも……」
「なんでも一人でやるやつより、人に頼れるやつの方が強くね?」
考えたこともない意見に、大輝はきょとんとする。翔太は自分のリュックを漁り、ノートを一冊取り出す。
「一人で完璧にできないのなんて当たり前なんだからさ、苦手は人を頼ればいいんだよ。俺だってテストはできるけど運動はできないし、跳び箱三段跳べって言われたら大輝を頼る。なんなら替え玉にする」
「自分で跳べよ」
翔太は大輝のツッコミを無視し、ぱらぱらとノートをめくる。
「人脈も実力だぜ。というわけで、テストの神様である俺が直々に教えてやろう。ちゃんと部活も来いよ。だいたい生徒の色恋に首突っ込んでくる教師なんて、訴えてもいいんだから」
翔太が教科書の上にノートを広げる。整頓された並びと綺麗な文字は、教科書の百倍わかりやすい。テストの神様という異名は聞いたことがないが。
(人脈も実力、か……)
翔太の言葉も一理あると大輝は思う。それに断ろうにも、翔太は教える気満々のようだ。
「訴えるのはやりすぎだけど……。でも、ありがとな。お前が跳び箱跳ぶときは教えてやるから」
「やだ。代わりに跳んでくれ」
「跳べよ。難しくねーから三段くらい。いや、逆に難しいか……?」
それから大輝は、翔太に教わりながらテスト範囲を復習した。今まで頭に入らなかったのが嘘のように、するすると内容を理解する。
大輝はお節介を焼いてくれる親友に、受験勉強以来の感謝を覚えた。




