第57話 - オレもこうなりたかった
大輝は真剣な顔でスマートフォンを睨む。数字が大量に羅列している画面から、ただ一つの数字を探す。
隣で手を合わせる天音も、大輝と同じかそれ以上に真剣な目をしている。威圧感でスマートフォンが壊れてしまいそうなほどだ。
スクロールすると、探している数字と近い番号が出てくる。大輝の手は不安で震え、心臓がドクドクと痛いくらいに脈打つ。
スクロールする大輝の手が止まる。大輝と天音の視線は、画面の中央に注がれている。そこに書かれた数字を見て……二人は同時に破顔した。
「っしゃ――! 受かった――!!」
「おめでとう!!」
大輝は強く拳を握り、天音は高速で拍手をする。共に机を囲むノエと結衣も、天音ほど速くはない普通の拍手をする。翔太だけは、目の前のフライドポテトをもりもり食べていた。
この日は大輝の合格発表をみんなで見ようと、なぜかカラオケに集まっていた。天音と翔太のときは集まらなかったのに、なぜ大輝だけ見守られているのかは謎だ。そんなに危ういと思われていたのだろうか。
結衣は机の中央に置かれたバスケットからポテトを取り、身を乗り出して大輝たちを見る。
「全員第一志望受かったの? すごいじゃん」
「すごいデス!」
未だに拍手を続けるノエは、おそらくどれくらい凄いのかわかっていないだろう。だが、褒めてくれるのは素直に嬉しいと大輝は思う。
翔太は緑茶をカクテルのように傾け、得意げに笑う。
「俺はテストの神様だから余裕だったな」
「面接で落ちたら爆笑だったんだけどね」
結衣は相変わらず容赦がない。しかし翔太は「それなー」と緩く返す。テストがそれだけいいのに、どんな面接をしたら落ちるのだろうか。
「はぁー……」
大輝はソファにもたれかかり脱力する。もう当分、勉強はしたくない。いや、大学に入学したらするのだが。
「よかったね、大輝くん」
天音の明るい笑顔に、大輝はほっとする。自分が受かったことより、天音に悲しい顔をさせずに済んだことに安心している。
「よしっ」
翔太が何の脈絡もなくマイクを握る。歌うのかと思ったが、マイクは大輝に向けられた。
「じゃあ合格祝いに一曲どうぞ」
「オレ? お前が歌えよ」
「俺はポテト食うのに忙しいから」
「オレだってポテト食いたい」
そう言いながらも、大輝は諦めてマイクを受け取る。しかしふと気になったことがあり、マイクはノエにパスした。
「ノエ、オレたちへの祝福になんか歌って」
「ハイ! 日本のアニメの曲、入れるします!」
ノエはノリノリでマイクを受け取り、デンモクを持っている結衣と共に曲を探す。結局ノエの恋は実っていないようだが、大輝には悪くない雰囲気に見える。
ノエが少し懐かしいアニメソングを入れる。普通に日本語で歌っているが、イタリアでも日本語で放送されているのだろうか。
賑やかな音の中、大輝は真面目な顔を翔太に向ける。
「なあ」
「ん?」
「翔太はなんで、オレから離れなかったんだ?」
それは大輝がずっと聞けなかったことの一つだ。翔太だから何も考えていない……とも思ったが、聞いたら関係が壊れてしまいそうな気もしたのだ。
大輝が不良扱いされるようになってから、小学校から仲が良かった友人たちは皆離れていった。残ったのは翔太だけだ。翔太は小学校から高校まで、大輝に対する態度を一切変えていない。
翔太はそれまでの雑談と変わらず、ポテトを食べながらモニターを見ている。
「離れる理由なくね? 俺が殴られるわけじゃないんだし」
「いや、あるだろ。殴られるんじゃないかとか、自分も不良だと思われるんじゃないかとか」
「別に。俺が何もしなければ殴らないだろ?」
「そうだけど……」
「周りからの評価も興味ないしな。つか、毎日真面目に授業受けてテストも百点取ってんのに、不良だと思うやついるか? 何も見てないだろそいつ」
「いるだろ、そういうやつも」
「少なくとも、俺は出会わなかった」
「あっそう……」
(よくわかんねー……)
大輝は半ば呆れてポテトを一本つまむ。「何も考えていない」が正しかったようだ。
しかしそんな翔太が、大輝にはうらやましくもある。翔太の中には「他人の物差し」が存在しない。常に自分の物差しで物事を見ている。それができる人間は少ない。
天音も過去を話したとき、『自分の価値観を大切にする』と言っていた。大輝もノエに、『最初からわかり合おうとしないのは違う』と言った。それと同じことを、翔太は自然にできている。
(オレもこうなりたかったんだよな)
大輝はずるずるとコーラをストローですする。かつての大輝は、誰かがやらなければならないが誰もやらないことをしようと思い、不良になった。方法を間違えたことに気づき、今度は普通になろうとした。そして今は、不良でもない、普通でもない、新たな道を進んでいる。
答えは案外近くにあったのかもしれない。大輝は今さらながらにそう思った。
そして特に結論がないまま会話は終わる。それも、翔太との付き合いではよくあることだ。
「翔太、次なに食う?」
なくなってきたポテトを見て大輝がメニュー表を取ると、なぜか天音がくすくすと笑い出す。大輝は不思議に思いながら天音に目を向ける。
「どうした? なんか食べたいのある?」
「あるけど、そうじゃなくて……」
(あるんだ)
大輝は天音にメニュー表を渡す。注文用のリモコンを手に取ると、翔太の方から「たこ焼き」と聞こえてきた。大輝は天音を見ながら、横目でたこ焼きを探す。
天音は少し恥ずかしそうに、メニュー表で口元を隠す。
「やっぱり好きだなーって思っただけ」
「???」
今のやりとりの何にそう思ったのか、大輝には全くわからない。しかし何でもない瞬間の天音を『好きだ』と思うことは、大輝にもある。
そう思ってもらえることも、言ってくれることも嬉しい。しかし少し恥ずかしくて、大輝はごまかすようにコーラを口に含んだ。




