第52話 - ボクが見たもの
「Wow! 建物がたくさんデス!」
駅から続く通路を抜け、ノエと結衣は複合施設の土を踏む。ここは巨大なシャンデリアや並木のイルミネーションで有名らしいが、朝だからかまだ人が少ない。
「あたしも初めて来たけど、こんな感じなんだねー」
結衣はきょろきょろと辺りを見回す。茶色く趣のある建物が並び、どこから入っていいのかあまりわからない。
ノエはアーチに向かって伸びる並木道を指さす。
「あれ、ユイが言うしてた木デスカ?」
「たぶんそう。なんか、木以外もいろいろ光るらしいけど」
「夜が楽しみデス!」
ノエは日本式クリスマスに早くもはしゃぐ。結衣から「クリスマスにかこつけて好き勝手騒ぐ」と聞いたときは驚いたが、好きな人と出かけることが楽しくないはずがない。
ノエと結衣は並んで並木道を歩く。
「ユイ、手をつなぐしたいデス!」
「嫌」
目を離した隙に結衣が攫われたら大変だと思ったのだが、あっさり断られた。そう心配するくらい、ノエには結衣がイルミネーションよりも輝いて見える。まだイルミネーションを見てはいないのだが。
ノエはすぐに切り替え、笑顔を結衣に向ける。
「まずは映画を観るデスね!」
「そうだけど、まだ時間早いから、ちょっと話さない?」
はっきりした結衣の声は、まるで最初からそれが目的だったかのようだ。いや、本当にそうなのだろう。ノエは暗い話になると察しながら、「ハイ!」と元気よく答える。
並木道を抜け、二人はベンチに腰かける。冬の風に冷やされた椅子は、想像したほど冷たくない。
結衣は勿体ぶらず、すぐに口を開いた。
「なんかあったでしょ。天音と佐藤と」
ノエも天音の話題だとわかっていた。結衣がノエに聞くことといえばそれしかない。
「ハイ」
ノエはごまかさずに返事をする。結衣から視線を外し、今しがた歩いてきた並木道を見つめる。葉っぱの代わりに電球がたくさん付いたそれは、一体何色に光るのだろうか。
「気づく、してましたか」
「うん。あんたが……っていうより、天音が前より安心した顔してるから」
「よく見る、してますね」
「三年間ずっと見てるからね。天音とクラス離れたことないの」
「それはすごい、デス?」
「うん。で、何があったの? 言いたくないなら答えなくてもいいけど」
そう言いながらも、ノエを見つめる瞳は知りたい様子を隠せていない。ノエは目を伏せ、言葉に迷いながら口を開く。
「アマネを追う、やめました」
「そっか。よかった」
「ずっと聞いてきた言葉を信じるして、アマネを追うしてました。でも、それが間違いだったかもしれないデス。自信、なくすしました」
「ふーん……まあ、自信満々に追う方が怖いけど」
結衣の言葉はその通りすぎて、ノエは苦笑する。ノエだって、見知らぬ人に追いかけられたら怖い。
「ボクは本当に、疑うしませんでした。生まれるしたときから、ずっとそう言われるしてました。でもダイキに言われるして、わかる、なくなりました。……本当はまだ、わかるしてません」
ノエは膝の上で組んだ指に力を込める。ノエにとって、“悪魔は悪いもの”が当たり前だった。それが嘘だったとき、エクソシストとして何を信じたらいいだろうか。
結衣は眉間にしわを寄せる。正面に目を向け、悩ましげに脚を組む。
「結局どういうことかわかんないけど……あんたが見たものを信じたらいいんじゃない?」
「ボクが見たもの……?」
ノエは首をかしげて結衣を見る。おそらく大輝と似たようなことを言っている……と思うのだが、その大輝の言葉も、ノエはまだ噛み砕けていない。
結衣はダッフルコートのフードに顔を埋め、小さくうなずく。
「誰かがこう言ったとかじゃなくて、あんたが自分で見て自分で感じたものを信じたらいいと思う。あたしさ、一年生のときにクラスの女子から『羽生さんと仲良くしない方がいいよ』って言われたの。意味わかんないでしょ? 天音はあんなに天然で物騒でいい子なのに」
「物騒……ハイ……」
ノエは天音に殺されそうになったときのことを思い出す。たしかに、天音は容赦を知らない物騒な攻撃を繰り出した。
結衣は「物騒」にだけ反応したノエに怪訝な目を向けるが、すぐに正面に視線を戻す。
「あたしからしたら、『仲良くしない方がいい』って言ってくるそいつこそ仲良くしない方がいいわけよ。だから『あんたと仲良くする方が願い下げ』って言ったら、そいつとめちゃくちゃ仲悪くなった。でも、全然後悔してない。あそこで天音から離れなくてよかったと思ってる」
結衣はノエに目を向け、小さく微笑む。
「あんたもそれでいいんじゃない? 後から心変わりしても遅くないんだし。いやまあ、手のひら返しってどうかと思うけど」
結衣の大きな瞳にノエの姿が映る。その表情は不安げなのに、どこかすっきりしているようにも見える。
ノエは空を見上げる。澄んだ空は、吹きつける風に反して温かく見える。
「……ボクを信じる、します」
ノエは結衣に目を向け、情けなく微笑む。
「ユイ、アリガトございます」
結衣はいつもの会話と同じように、少し素っ気なく「うん」とうなずく。その気を遣わない態度が、ノエには心地よく感じられた。
結衣は組んでいた脚を解き、勢いよく立ち上がる。
「よし! いい時間だね。映画行こ」
「ハイ!」
ノエも元気よく立ち上がる。不安がなくなったわけではない。けれど、これでいいような気がしていた。




