第48話 - 大輝の答え
「あっぶねー……」
何もない方向に飛ぶかまいたちを見送り、大輝はほっと息をつく。もう少し遅かったら、ノエが切り刻まれていた。
天音は驚いたように大輝を見ている。大輝は申し訳なく思いながら、情けない笑みを天音に向ける。
「ごめん、羽生さん。せっかく戦ってくれたのに」
天音は声も出さずに固まっている。大輝の行動の理由がわからないというよりは、「失敗した」という雰囲気だった。
「ダイキ……なんで……」
下から力無い声が聞こえ、大輝は視線を落とす。頭をぐらぐらさせるノエは、大輝の想像より目が回っているようだ。
「なんでってのは?」
「だって、ボクはダイキを、殺すしようと……」
「だから?」
大輝は天音の腕から手を放し、ノエの目の前にしゃがむ。
「ノエがオレを殺すのと、オレがノエを助けるのは別の話だろ?」
「同じ、思うしマス」
「オレは思わないね。あ、そうだ。質問あるんだけど」
ノエは少しめまいが治まってきたのか、体を起こして床に足を伸ばして座る。大輝はあぐらをかき、まっすぐにノエを見る。
「ノエは、なんで悪魔を殺そうとするんだ?」
ノエは質問の意味がわかっていないかのように眉根を寄せる。
「悪魔は悪いものデス。だから殺すしマス」
「どういうところが悪いものなんだ?」
「人間を、えっと……Deceiveしマス」
「Deceiveってどういう意味だっけ……」
「惑わすとか、欺くとか」
天音がフォローを入れながら大輝の隣にしゃがむ。スカートを足の間に挟む仕草を見ながら、先ほどノエに見られたのではという心配が過る。気にはなるが、さすがに後回しにしよう。
大輝は気を取り直してノエを見る。
「ノエは悪魔に惑わされたことあるの?」
「ないデス」
「ノエの周りに惑わされた人はいる?」
「……いない、デス」
「じゃあ、なんで悪魔は人を惑わすって言い切れるんだ?」
「そう習うしました」
「教えた人は、悪魔に惑わされたことがあるのか?」
ノエが大輝から目をそらす。その視線が答えだった。
「オレは悪魔を羽生さんたちしか知らないから、悪魔が全員悪くないとは言い切れない。でも、少なくとも羽生さんたちは惑わしたりしない。外見は悪魔級にいいけど……それだけだよ」
「でも……」
ノエが床に置いた手をぐっと握る。
「惑わすされてからだと、遅いデス。だから殺さないと……」
「その理論だと、羽生さんはもっと早くノエを殺してないとおかしいよな。殺らなきゃ殺られるんだから」
ノエは瞳を揺らして口をつぐむ。反論を探しているのかもしれない。
(ノエの言い分もわかるんだけどな)
かつては大輝もそう思っていた。様子を見ていたら遅い。誰かが傷ついてから動いていたら後手に回る。だから怪しいと思った時点で殴った方がいい。
それが正しいときもある。けれど、傷つける以外にもきっと方法はある。
「絶対にわかり合えないやつはいるよ。でも、最初からわかり合おうとしないのは違うと思う」
それが、今の大輝の答えだ。
大輝は立ち上がり、ノエと天音に手を伸ばす。
「教室戻ろうぜ。……の前に保健室か。言い訳考えなきゃな」
「ボクのこと、殺すしないデスカ?」
そう言うノエの声に、普段の明るさも覇気もない。少なからず落ち込んでいるようだ。とりあえず襲ってくることはなさそうで、大輝は安心する。
「そこまでする理由ないだろ。それに、オレはもう誰も傷つけないって決めたんだ」
ノエより先に、天音が大輝の手を取って立ち上がる。
「佐藤くん……ごめんね。私、また間違えちゃった」
(また、ってなんだろな……前に『言わなきゃいけないことがある』って言ってたから、それかな?)
気にはなるが、大輝は聞かないことにした。いつかきっと、天音から話してくれるだろう。
大輝は天音にニッと笑いかける。
「ううん。羽生さんがいなかったらオレ死んでたし……。守ってくれてありがとう」
天音はほっとしたように微笑む。思い詰めてはいなさそうで、大輝は安心した。
ノエも大輝の手を掴み、億劫そうに立ち上がる。
「保健室は一人で行くしマス。屋上に飛ぶした荷物を取るしたことにするデス」
「それでそんなに切り傷つくか?」
「すごい風が吹いて、柵にぶつかるしたことにしマス」
少し無理があるが、まあいいかと大輝は諦める。そのとき、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
バンッ! と強い音を立てて、屋上の扉が開かれる。息を切らして現れたのは有馬だった。
「大丈夫ですか佐藤さ……って、お嬢様!? 教室にいなさいと言ったでしょう!!」
「オレは大丈夫です」
「ご、ごめんなさい……」
有馬は大輝たちを一人ずつ睨み、「はぁ」と深いため息をつく。
「お二人は無事そうですね……。サントーロさんのお怪我の具合は?」
「平気デス」
「そうですか。では、屋上で何をしていたのです? 佐藤さんを呼び出したと聞きましたが、呼んでどうするつもりだったのですか?」
(怪我人にも容赦ないな……)
眉をつり上げる有馬に、大輝は若干引いてしまう。有馬からしたらエクソシストは敵なのだろうが、そこまで露骨に怪しまなくてもいいのにと思う。攻撃しなかっただけましだが。
ノエは有馬の視線に怯むことなく平然としている。
「荷物が風で飛ぶしました。ダイキを呼んだのは……」
(本当にその言い訳で通すんだ)
大輝はハラハラしながらノエと有馬を交互に見る。ノエが迂闊な発言をして、有馬が攻撃しないか心配したのだ。
しかしノエは、満面の笑みを有馬に向ける。その表情はどこか吹っ切れたようだった。
「助ける、もらっただけデス」




