第47話 - 全然大丈夫じゃない
天音がノエに向かって一歩踏み出す。状況に飲まれかけていた大輝は、慌ててその肩を掴む。
「待って羽生さん! 殺すのはさすがに……」
「大丈夫だよ。ばれないように、骨も残らないようにするから」
「全然大丈夫じゃない!!」
天音は大輝の手に触れ、軽い力で肩から下ろす。振り向いた笑顔は、いつもの天音より凛々しく見える。
「心配しないで。今度こそ、私があなたを守るから」
(今度こそ……?)
大輝は困惑する。天音が大輝を守れなかったことなどあっただろうか。
しかし大輝が思い出すより早く、天音はノエに向かって歩いていく。美しく伸びた指先は、風をまとっているように見えた。
ノエは楽しげに笑い、天音に十字架を向ける。
「“やっと正体を現したね、悪魔!!”」
やはりイタリア語が聞き取れなかったが、かろうじて「ディアボロ」だけわかった。ディアボロの意味はたしか「悪魔」だ。漫画で読んだ。
大輝がそう思うと同時に、ノエは天音にビームを放つ。天音は風をまとった手を自身の前に翳し、バリアのようなものを張る。ビームは屈折して霧散した。
(風じゃ光は曲がらないと思うんだけど……どういう原理??)
大輝は目を丸くする。考えたところでわかりそうにない。
今度は天音がノエに手を向ける。強い風が吹き、かまいたちのような風の刃がノエを襲う。ノエは床を蹴り、転がりながら刃を避ける。
一進一退の攻防が続く。あまりに非現実的な光景に、大輝はただ立ち尽くした。
(……すげえ)
このとき大輝はようやく、悪魔とエクソシストのことを理解した。今までは天音のこともノエのことも、普通の人間と変わらないように思っていたのだ。
『大ちゃんはさ、悪魔が怖くないの?』
正雄の問いが大輝の脳内に響く。大輝は改めて、実感が湧いてないだけだったのだと思い知った。
その上で、大輝にはまだわかっていないことがある。
(なんで、二人は争ってるんだろう)
天音の動機は“大輝のため”かもしれない。天音は「あなたを傷つける人は、私が殺す」と言っていた。「エクソシストは」ではない。
(じゃあ、ノエは?)
大輝はノエの考えを知らない。あえて距離を置き、関係を深めてこなかった。
考えを知っていたら、この結果は訪れなかっただろうか。それとも、何も変わらなかっただろうか。今となっては知る術もない。
『悪魔は人間を悪い方向に惑わす存在だぜ?』
(ノエもそう思ってる? 悪魔に惑わされたことがある? 人間を惑わしてる悪魔を見た? それとも、そう聞いたのを鵜呑みにしてるだけ?)
大輝にはわからない。わからないまま――どちらかが死ぬのを見てはいられなかった。
「っ……!」
天音の攻撃を避けきれず、ノエの左肩に痛みが走る。学ランとシャツが皮膚ごと裂け、まっすぐに引かれた線から血が滲む。
(天音の実力を見誤ったね……。王の血を引くとはいえ半分以上人間だから、楽勝だろうと思ってた)
ノエの頬に汗が伝う。大輝とやりあった後で、疲労が溜まっていたことも災いした。
目の前の天音は涼しい顔でノエの方に歩いてくる。悲しいくらいに余裕がありそうだ。
天音がノエに向かって手を翳す。かまいたちが来ると思いノエは身構えたが、予想に反し、風はノエの周囲を取り囲んだ。
(しまった……!)
風が竜巻のように、ノエを巻き込んで渦を描く。ぐるぐると回されたノエは、ボロボロになると同時に目が回った。
風が解かれ、ノエはふらついて床に膝をつく。頭が重く、顔も上げられそうにない。
(まずい、立てない……!)
そうこうしているうちに、ノエのすぐそばに天音が立つ。向けられた手に風が集まり、ノエは死を覚悟して目を閉じた。
――ヒュンッッ!!
風を切る音が頭上を通り、ノエは目を開ける。回る視界でなんとか上を向くと、天音の隣に誰かが立っているのが見える。
天音の腕を掴み風を逸らしたのは、先ほどまでノエが殺そうとしていた大輝だった。




