第46話 - これダメかも
ノエが放つ光を、大輝はギリギリのところで避ける。少し間合いを誤ったようで、髪の先がチリリと焼かれた。
(ちょっと衰えてるなー。いいことなんだけどさ。それだけ喧嘩してないわけだから)
大輝は間合いを調整して光を避ける。それは思った以上にビームにしか見えず、漫画の世界に入ったようで少しテンションが上がる。
しかし、このまま避け続けても埒が明かない。なんとかノエを拘束できないか、大輝は頭を悩ませる。
(懐に入って殴……いや、殴っちゃダメだ。ビームが出てるのって、手じゃなくて十字架からだよな? あれを取ればいいのか?)
観察した限り、十字架はノエのブレスレットに繋がっている。ブレスレットを外すことができれば、あとは手から十字架を落とすだけだ。
相手がただのチンピラならそれも簡単だろう。しかし、ノエには悲しいくらいに隙がない。懐に入り込めたとして、至近距離でビームを食らう可能性もある。
どうしたものか。大輝は考えながらビームを避け続ける。ノエが建物を壊せば先生が来てくれるのでは……と思ったのだが、柵や扉にぶつかる寸前で光は消える。ノエの表情を見る限り、自動で消えるのではなく手動で消している。少しひやひやしていそうだ。
(このまま避け続けたら、そのうちどっか壊すか? でもなぁ……)
今凌ぎきったところで、別の日にまた罠を仕掛けられるだけだ。受験勉強に時間を使いたい大輝としては、本当にやめてほしい。
(十字架を破壊するか? でも物壊すのはちょっと……。替えがあるかもしれないし、あんま意味ないかも)
そう考えていたとき、ノエの手のひらが強く光る。明らかに今までとは違う攻撃に、大輝は身構える。
ノエは余裕を失った顔を大輝に向ける。
「“こんなに避けられると思わなかった! 殺すつもりはなかったんだけど……仕方がないね”」
おそらくイタリア語で言われ、大輝には意味がわからなかった。しかしニュアンスだけ察し、かつて有馬に言われた言葉が脳裏を過る。
『彼らは悪魔のみならず、悪魔に関わった人間まで滅ぼそうとします。そのことを、ゆめゆめお忘れなきように』
(まさか本気で……!?)
大輝は急いで屋上を出ようと出入口に向かうが、間に合わなかった。
ショットガンのように、複数の光がノエの手から放たれる。広範囲に及ぶそれを、全て避けきることは不可能に思えた。
(……あ、これダメかも)
大輝の中に、諦めようという気持ちが湧く。判断を誤った。避けられるうちに屋上を出るべきだったのだ。
(せっかく、来年の約束したのになー……)
案外未練がないことに、大輝は苦笑する。思えば昔からそうだった。喧嘩で殴られて立てなくなっても、「ああ、死ぬんだな」としか思わなかった。こういうところが、判断を誤る原因なのだろう。
(……仕方ないか)
大輝は諦めて、すっと目を閉じた。
――ドンッッ!!!
大きな音と共に、強い衝撃が大輝を襲う。しかし痛みはなく、まるで“すぐ近くで爆発が起きたが壁に守られた”かのようだった。
大輝は驚いて目を開ける。最初に目に飛び込んできたのは、血のように赤い空だった。
(これって……!)
大輝は近くに人が立っていることに気づく。大輝をノエから守るように立つ彼女の背中には、美しい透明な羽が生えている。
彼女が亜麻色の髪を揺らして振り向く。空よりも赤いその瞳は――
「羽生、さん……」
天音は微笑み、大きな目を細める。
「佐藤くん、怪我はない?」
「あ、うん。大丈夫」
「そっか。よかった」
天音はほっと息をつき、再び前を向く。凛とした佇まいには、迷いも恐怖もなさそうだ。
「佐藤くん、下がってて。ノエくんは……」
赤い空に暗雲が漂う。その雲は天音の上空を中心に、不自然に円を描いた。
「あなたを傷つける人は、私が殺すから」




