第4話 - 別れてください
「佐藤さん、このあと進路指導室に来ていただけますか?」
終礼が終わり荷物をまとめていた大輝は、有馬に声をかけられ手を止める。
「あ、わかりました」
(とうとう来たか……)
四月下旬になっても、有馬による嫌がらせ(?)は続いていた。いずれ呼び出されると覚悟していたが、いざそのときになると緊張してくる。
大輝は重たいリュックを背負い、同じ美術部員である翔太に声をかけに行く。
「翔太、ちょっと部活遅れるわ」
「お、とうとう呼び出された?」
どうやら翔太は、有馬が大輝に話しかけているところを見ていたらしい。ニヤニヤする顔はいかにも楽しげだ。
「あとで話聞かせろよー」
翔太は短い髪を揺らし、軽い足取りで去っていく。自分の危機を娯楽化されたことに若干の不満を感じながら、大輝は教室を後にした。
「失礼しまーす……」
三回のノックと声かけをして、大輝は控えめに扉を開ける。初めて来る進路指導室は想像より広く、壁を覆う赤本が威圧感を放っている。
有馬は一番奥の机についていた。背筋を伸ばし、まっすぐに大輝を見ている。
「呼び出してすみませんね。どうぞ、おかけください」
優しい笑顔と柔らかい声を不気味に感じながら、大輝は有馬の正面の椅子に腰かける。恐る恐る有馬に目を向けると、その笑顔がすっと消える。眼鏡の奥が鋭く光り、明らかに敵意を持った瞳が大輝を睨んだ。
「単刀直入にお聞きしますが……あなた、天音お嬢様と交際していますね?」
「え?」
(天音……お嬢様?)
羽生家は地主の家系だ。お嬢様と呼ばれること自体は不思議ではない。疑問なのは、なぜ有馬がそう呼ぶのかだ。
「えっと……有馬先生と羽生さんはどういう関係で?」
「質問しているのはこちらです」
「ただの教師と生徒なら、その質問に答える必要はありませんよね?」
有馬の切れ長の瞳が細められる。圧をかけているつもりかもしれないが、大輝は動じることなく笑みを返す。大人との睨み合いは苦手ではない。
少しして、有馬がふっと目元を緩める。
「……確かにその通りですね」
どうやら睨み合いは大輝の勝ちのようだ。有馬は脚を組み、背もたれに偉そうにもたれかかる。生徒の中では「優しくて真面目」と評判なのだが、こちらが素なのかもしれない。
「私は羽生家に仕える者。ご当主より、天音お嬢様のお世話を仰せつかっております。私にはお嬢様のことを知る義務がありますので、あなたを呼び出しました」
「職権乱用では?」
「それが何か?」
(開き直られた……)
有馬が天音に懸想しているわけではないとわかり、大輝はほっとする。しかし世話係がいる環境など大輝には想像がつかず、すごい人とつき合ってしまったと実感する。
天音の身近な人ならば、真実を伝えて信用を得た方がいい。大輝は短く息を吐いて覚悟を決める。
「先生のおっしゃる通り、ぼくは天音さんと交際しています」
言い慣れない一人称と、呼んだことのない天音の名前にどきどきしながらも、大輝ははっきりと伝える。有馬は「そうですか」と答え、再び鋭い視線を送ってきた。
「でははっきり言いましょう。あなたではお嬢様とつり合いません」
「っ……!」
大輝が何も言い返せずにいると、有馬は畳みかけるように言葉を続ける。
「羽生家は地主に連なる由緒ある家系です。お嬢様は本家筋ではないので家を継ぐことはありませんが、名門のご令嬢であることには変わりなく、お相手もそれにつり合う家柄でなければなりません。それにお嬢様は優れた頭脳をお持ちです。本来このレベルの高校に通う方でもありません。せめて一芸に秀でた方ならともかく、あなたのように平凡な方では……」
「先生も悪魔ですか?」
有馬がぴくりと眉を動かす。深い眉間のしわは肯定だろう。論点ずらしは好きではないが、たぶんこの方が話が早い。
「……それもご存じでしたか」
有馬は組んでいた脚を下ろし、前のめりに大輝を見る。
「ええ、私も悪魔の血を引いています。お嬢様ほど濃くはありませんが。ですがそれを知っているのなら尚更、あなたとお嬢様がつり合わないとわかりますよね? あなたは何の権力も持たない一般人です。エクソシストのような勢力から、お嬢様を守ることができますか?」
「それは……」
有馬の赤みの強い瞳が、まっすぐに大輝を見据える。
「お嬢様と別れてください。あなたはお嬢様にふさわしくない」
「……」
大輝は必死に反論を探す。しかし有馬の言う通り、大輝には権力も学力も芸術的才能もない。
(でも、なにか言い返さないと……。そもそも、つり合ってないことくらいわかってて告白したんだから。なにか、なにか……)
考えても言葉が出ず、大輝は拳を強く握る。そのときだった。
「そういうことは、佐藤くんじゃなくて私に言ってくれる?」




