第3話 - 担任からの視線
黒板を埋めるアルファベットを、大輝は真剣な表情で見つめる。筆記体が混ざる文字は達筆すぎず、かっこよさと読みやすさを両立している。
黒板の前に立つ美青年が、長い前髪を揺らして振り返る。
「ではこの文の日本語訳を……佐藤さん」
眼鏡越しの切れ長の目が大輝を捉える。大輝は「やっぱり」と思いながら、詰まることなく答えを言う。正解したようで、青年は黒板に視線を戻す。
大輝は英語の成績がいいわけではないが、授業中は教科書を見れば答えがわかる。だから当てられても問題ない。問題ないのだが……。
(なんか、最近オレばっかり――)
「当てられすぎじゃね?」
巨大なおにぎりを頬張りながら、目の前に座る親友が大輝を見る。大輝は疲れを感じながら、口の端に苦笑いを浮かべる。
「やっぱりそう思う?」
「うん。毎回一回は当てられるじゃん。有先となんかあった?」
有先とは、英語教師である有馬先生の略だ。大輝は箸を置いて首を横に振る。
「なんも。授業以外で喋ることないし」
「だよなぁ。お前、高校入ってからは大人しいし」
そう言いながら、親友の森 翔太は再びおにぎりを頬張る。先ほど口に入れたばかりのような気がするが、ちゃんと咀嚼しているのだろうか。
大輝はため息をつき、玉子焼きを口に入れる。砂糖の甘さが、疲れを少しだけ癒やしてくれるようだった。
有馬 将人は英語教師であり、大輝の担任でもある。若さと整った顔立ちから女子に人気で、担任発表のときは黄色い悲鳴が上がったものだ。西洋寄りの顔立ちをしていることから、ハーフなのではという噂もある。
そんな有馬に、大輝はなぜか目をつけられた。授業では必ず当てられ、朝礼と終礼でもよく目が合う。
「マジでなんかしたかな……したなら直接言ってくるよな?」
「あれじゃね? 急に学ランの前閉じるようになったから」
「その程度で不審に思われるくらい、オレって素行悪い?」
「別に。普通」
「だよなぁ……」
大輝は学ランの襟をちょいちょいといじる。入学式以来開けっぱなしの学ランをいきなり閉じたら、たしかに変化を疑われるかもしれない。実際、閉じたのは天音とつき合い始めたからで、品行方正な天音に合わせている。とはいえ、息苦しいから上のボタンとホックは開けている。
(でもそんだけで? 去年までは有馬先生と接点ねーし……)
そのとき、大輝の脳裏にある可能性が浮かぶ。
(もしかして、有馬先生も羽生さんが好きだったとか……!?)
正直、大輝と天音の関係はいつ誰にばれてもおかしくはない。帰りはいつも一緒だし、おそらく天音は隠す気がない。
もし有馬も天音のことが好きで、大輝と二人で帰っているところを目撃したのだとしたら。
(じゃあ、これは嫉妬ってことか? 嫌がらせなのか?)
大輝は天音とつき合った時点で、多少の嫌がらせは覚悟していた。しかしまさか、その相手が教師だとは思わなかった。
大輝は食べ終わった弁当箱を閉じ、頭を抱える。
「あるかも……心当たり……」
「マジ? なに?」
「言わないけど」
「ほーん」
翔太は興味がなさそうに、五つ目の爆弾おにぎりの封を切る。いったい細い体のどこにそんなに入っているのか。高い身長に全て使われているのだろうか。
(もし本当に嫉妬なら、誰にも相談できないな……。英語頑張るしかないか……)
大輝は本日何度目かのため息をつく。その様子を有馬に見られていることなど、まったく気づいていなかった。




