第41話 - 人間を惑わす存在
「まあ、エクソシストの話はこのくらいにしてぇ!」
正雄が急に大きな声を出す。あまりのテンションの差に、大輝は大げさにびくついてしまった。
正雄は緑茶をぐいと飲み干し、空になった湯呑を天音に突き付ける。
「天音、おかわりちょーだい」
「もう……自分で淹れてよ」
天音がむっと頬を膨らませる。その子供っぽい仕草が珍しく、大輝はまじまじと見てしまう。
天音はお盆に正雄の湯呑と、天音と大輝の分も載せて席を立つ。文句を言いながらも、おかわりを淹れに行ってくれるようだ。
襖が閉じられ、天音の姿が見えなくなる。途端、正雄が「さて」と座り直した。
「大ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい!」
思いのほか真面目なトーンに驚き、大輝は慌てて正雄に向き直る。正雄は腕を組み、じっと大輝を見つめている。
まっすぐに向けられたその目に、大輝はぞくりとする。先ほどまで紫色だった瞳が――夕空よりも赤く光っていた。
「大ちゃんはさ、悪魔が怖くないの? それとも、実感が湧いてないだけ?」
「え?」
悪魔の力が飛んでくると思っていた大輝は、普通の質問をされたことに拍子抜けする。しかしまだ安心するのは早いと、大輝は質問の答えを考える。
(正直に答えた方がいいよな……嘘つくとどっかでボロが出るし。ていうか、つく意味もないし)
「実感が湧いてない、です」
「そうだろうな。悪魔なんて言われても、大抵の人はピンとこない。じゃあ」
正雄がすっと目を細める。
「今ここで俺が大ちゃんを襲ったら、どうする?」
無表情にも近い顔は、先ほどまでおちゃらけていた人と同一人物とは思えない。美形の真顔ほど怖いものはない。
普通なら気圧されてしまいそうだが……大輝は動じなかった。
「別に……止められそうなら止めますし、できなさそうなら逃げます。傷つけあうのは避けたいですね」
正雄がきょとんと目を開く。そんな顔をされる理由がわからず、大輝の方が驚いてしまう。
「……面白いねぇ、大ちゃんは」
「え、そうですか?」
「うん。だって、悪魔は人間を悪い方向に惑わす存在だぜ?」
正雄が挑発するようににやりと笑う。しかし、大輝の心は変わらない。
「正雄さんや羽生さんも、誰かを惑わしてるんですか?」
「えーっと……それは……」
正雄は「うーん」と唸る。それが答えのように大輝には思えた。
「オレは羽生さんに惑わされた覚えは……まあちょっと、だいぶ見とれたくらいしかないですし、正雄さんに何かされた覚えもありません。それに、人間も人間に危害を加えるじゃないですか。悪魔が特別悪いとは思いませんよ」
正雄は奇妙なものを見るように、ぱちぱちと瞬いている。そんなに変なことを言っただろうかと大輝は思う。
やがて、正雄の瞳から赤みが消える。正雄はふっと顔を綻ばせた。
「……大ちゃんは正直だねぇ」
「そうですか?」
大輝は言葉の意味がわからず首をかしげる。もしかしたら正雄は、嘘を見抜く能力を使っていたのかもしれない。
「正直者は損するよ。俺は好きだけどね」
正雄の声は安心したような、しかし少し寂しさも孕んだ複雑な響きだった。けれどなんとなく、正雄が大輝を認めてくれたような気がした。




