第40話 - 来るかもしれない日
「えっ、は……なんでですか!?」
思ってもみなかった言葉に、大輝は緊張を忘れて素っ頓狂な声を上げる。天音も大輝に同意するように、強くうなずいている。
正雄は真面目な空気を解き、ケラケラと笑いながら片膝を立てる。
「怖いもの見たさ的な? 俺、十八のときにドイツから日本に来たんだけど、そのときはエクソシストに見つかる前に親が逃がしてくれたから、エクソシストって会ったことなかったんだよ。だからどんなもんか気になっちゃってさー」
「せっかく逃がしてもらったのに……」
怖いもの見たさという感覚があまりない大輝には、呆れ以外の感情は出てこない。正雄が無事でよかったが、襲われたらどうするつもりだったのだろうか。
大輝の心配を余所に、正雄は楽しげに湯呑を持ち上げる。
「ちょっかい出したって言っても、気配を出しただけなんだけどな。将くんから聞いたエクソシストの特徴と一致する生徒を見つけてさぁ。ノエくんっつったか? んで、そのノエくんがやばいんだよ。めっちゃ全力で追ってくんの。あれは絶対祓う気だったね」
「好奇心出すから……」
「将くんにも言われたわ。でもあんだけ全力で祓いに来たってことは、あいつたぶん見えてるな」
「見えてる? 何がですか?」
大輝は首をかしげる。大輝にも正雄の姿は見えているが、普通は見えないのだろうか。それとも、あの存在を認識できなくなるという結界のことだろうか。
大輝がそう思っていると、正雄が自分の目に指を向ける。
「悪魔特有の目の輝きだよ。もともとちょっと赤いんだけど、そうじゃなくて、赤く光って見えるんだ。普通の人には力を使うときしか見えない。でも、それが常に見えてるやつがたまーにいる」
「ああ、あの光……」
大輝は天音に告白した日を思い出す。正雄の目からも一瞬見えたことはあるが、あのときは悪魔の力を使っていたのだろうか。
「えっと、光が見えてるってことは、つまり……?」
「悪魔が人の姿をしてるときってさー、普通は人間と見分けがつかないんだよ。だからエクソシストは確証を得られるまで、情報収集を続けるんだ。でも光が見えてるってことは、その情報収集パートをすっ飛ばせる。極端な話、すれ違いざまに悪魔を祓おうとする可能性があるんだよ」
「うわ……」
想像以上の恐ろしさに、大輝は言葉が出なくなる。すれ違いざまの攻撃からは、天音を守り切れないかもしれない。すれ違いざまの拳なら避けられるのだが。
「えっと……じゃあ、ノエが羽生さんに話しかけるようになったのは、悪魔だと確信したからですかね……?」
「いやぁ? 確信は初見でしてるだろ。目の光が見えてんだから」
「あ、そっか」
(じゃあなんでだ?)
大輝は考える。正雄とノエが接触したことと、ノエが天音に声をかけるようになったことに、因果関係が見出せない。
天音と正雄も悩んでいるようだ。実際は有馬が関わっているのだが、ここにいるメンバーにも、当事者である有馬にも、ノエの行動のきっかけはわからないだろう。
大輝は結局考えるのをやめた。
「どうしたらいいんですかね」
「まあ、気をつけろとしか言えないんだよな……。でも、人が多いところを歩いても意味ないかも。あいつ、めんどくさくなったら往来でも祓うタイプだと思うぜ」
(有馬先生も、権限を無視して攻撃してくるかもしれないって言ってたもんなぁ……)
大輝の眉間にしわが寄る。結局、ノエに近づかないのが一番かもしれない。難しいとは思うが。
「あとは将くんに足止めしてもらうくらいかなぁ……」
その正雄の言葉に、大輝は有馬のつぶやきを思い出す。
『海外への移住も考えた方がいいですかね……』
(今が、聞くチャンスか?)
おそらく、正雄が一番確実な情報を持っている。しかし正直、まだ聞くのが怖い。
(でも、いつか聞かなきゃいけないことだもんな……)
大輝は覚悟を決めて拳を握る。
「あの……移住、とかは考えてますか?」
「うーん、今のところ予定はないけど」
あっさりと返ってきた答えに、大輝は一瞬安心する。しかし「今のところ」ということは、今後変わる可能性がある。
大輝の予感を肯定するように、正雄が長い睫毛を伏せる。
「……それも、考えなきゃならなくなる日が来るかもな」
「そう、ですよね……」
大輝は肩を落とす。渦巻く不安が消えることはなかった。




