第39話 - まるで旅館な家
「でか……」
古き良き日本家屋といった佇まいに、大輝は圧倒される。ぴったりと閉じた門は、来る者を拒んでいるような威圧感だ。
天音の家の前は何度も通ったことがあるのに、いざ入るとなると緊張する。今までは「ただの大きな家」と認識していたのが「彼女が住む豪邸」になったのだから、緊張して当然かもしれない。
硬い顔の大輝とは対照的に、天音は楽しそうに、重厚な門を軽々と開く。
「どうぞ、入って入って~」
「お、お邪魔します……」
大輝は恐る恐る敷地に足を踏み入れる。サクッと土を踏みしめたとき、突然周囲の喧騒がすっと消えた。
そこには見事な日本庭園が広がっていた。大きな池は澄み渡り、母屋らしき建物を鏡のように映している。紅葉前の木々のざわめきの中に、ししおどしの風情ある音が響く。一見無造作な石も、きっと計算されて置かれているのだろう。
「すげぇ……」
「庭師さんがいつも整えてくれるんだよ。あ、庭に鯉がいるんだけど、ごはんあげる?」
「あ、じゃあ、うん」
庭師がいることに驚く暇もなく、大輝は天音の提案にうなずく。天音はぱたぱたと母屋に入ると、すぐにカップを持って戻ってくる。鞄を持っていないのは、玄関に置いてきたからだろう。
大輝は天音からカップを受け取り、池に近づく。よく見ると、確かに鯉が泳いでいる。柄は様々で、見慣れた赤と白や黒、金色の鯉もいる。
鯉たちは大輝が餌を投げる前に水面から顔を出し、口をぱくぱくさせ始めた。餌をくれるとわかっているのだろう。
大輝が茶色く丸い餌を投げると、鯉たちは一斉に水面に群がる。バシャバシャと水が跳ね、母屋の姿が波に歪んだ。
「すげー勢い」
「ごはんもらえて嬉しかったんだね」
天音が口元に手を当て、いつになく楽しそうに笑う。大輝はまだ、心臓がバクバクしていた。
(これ、家の中なんだよな……)
庭園に遊びに来た気持ちになっているが、ここは民家だ。非現実的な体験に戸惑いながら、大輝は天音にカップを返す。
天音に連れられ、大輝は母屋の前にやって来る。天音が玄関を開けると、優しい木の匂いが鼻をくすぐった。
「どうぞ~」
「お、お邪魔します……」
大輝は門をくぐったときと同じ緊張感で、玄関に足を踏み入れる。靴箱も上がり框もその向こうの廊下も、明るく温かな木のぬくもりで統一されている。無駄なものがない整った様子は、まるで旅館のようだ。
大輝はタイムスリップした気持ちで天音の背中を追う。案内された畳の部屋には、大きな座卓と座布団が置かれている。リビングだろうか。窓から見える庭は先ほど鯉に餌をあげた場所と同じだが、また違った趣を感じる。いきなり天音の部屋に入る可能性も考えていたので、そうはならず大輝は安心した。
「お茶淹れてくるね。あと、当事者も呼んでくるから」
大輝は慣れない正座をして、弾むように去る天音を見送る。言われて思い出したが、今日は文化祭でのノエの動向について話しに来たのだった。いつまでもぼーっとしていてはいけない。
なんとか落ち着こうと、大輝は深呼吸する。するとすぐに襖が開き、盆を持った天音と正雄が入ってきた。
「お待たせ~。緑茶飲める?」
「あ、うん。えっと……正雄さん、こんにちは。お邪魔してます」
「はーい、こんにちは」
大輝は正雄に頭を下げる。正雄はにこやかに、ひらひらと大輝に手を振る。今日はあのホストのようなスーツではなく、普通の……いや、「おじいちゃんは無敵」と書かれた謎のTシャツを着ている。
正雄は天音が持つ盆から湯呑を取り、大輝の前に置く。
「大ちゃん、足崩しなよ。痺れるだろ」
「あ、ありがとうございます」
大輝は言葉に甘えて足を崩す。足先はすでに痺れていた。
天音が大輝の隣に、正雄が正面に座る。どうやら、文化祭で何かあったのは正雄らしい。
「いきなり本題に入るんだけど」
正雄は眉間にしわを寄せ、真剣な顔で腕を組む。重たい話だろうかと、大輝はごくりと唾を飲みこむ。
正雄は至極真面目な様子で口を開く。
「実は俺……エクソシストにわざとちょっかい出したんだ」




