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悪魔みたいにかわいい彼女は、本物の悪魔でした  作者: わしお


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番外編 - マルコ・ペッレグリーニの文化祭

 マルコ・ペッレグリーニは真面目な男だ。三カ月で日常会話ができる程度まで日本語を学び、標的の悪魔の情報をかき集め、素行の悪い部下に頭を抱えながらも任務に励んでいる。先日も図書館に行き、羽生家に関わる資料を読み漁っていた。

 そんなマルコも、日本の高校の文化祭の情報は持っていなかった。しかし「祭」と付くからには愉快なものに違いないと、勝手なイメージだけしていた。


(日本の祭りと言えばYukataやMikoshiだが、ノエが言うにはそういうものではないらしい。まあ、そもそも遊びに行くわけじゃないからな。どんな祭りだろうと関係ない)


 そんな斜に構えた気持ちで、マルコはノエの高校に向かった。白シャツに短パン、サングラス、そしてオールバックを端だけ垂らした髪型は、ずいぶんと浮いて見えた。しかし、どうせ外国人というだけで浮くのだ。大したことではない。

 そしてノエと待ち合わせした校門で、ノエはマルコを置いて走り出した。マルコもすぐに追おうとしたが、人が多くてノエを見失ってしまった。


(なんなんだあいつは。急に走り出して。愛しのユイさんでもいたのか?)


 ノエが悪魔を見つけたという発想は、マルコにはなかった。なぜなら、ノエは不真面目だからだ。悪魔を全力で追いかけることはないと思っている。ノエが悪魔を追うのは祓うと決めたときだけだ。まさかこの場で祓おうとしているなど、マルコは全く思っていなかった。


 マルコはノエを追うことを諦め、校舎内を歩き回る。しかしどこで何をしているのか、それ以前に文化祭がどういうものなのか、さっぱりわからない。思っているほど愉快な祭りではないかもしれないと、少し不満に思う。


「十一時から演劇部の公演でーす」


 そんな声が聞こえ、マルコは足を止める。演劇といえば人が集まるものだ。悪魔もいるかもしれない。同じ舞台を観ることは話題作りになるし、偶然を装って仲良くなることもできるだろう。そう思い、マルコは体育館というところに向かう。多くの日本人が知らない人と感想を言い合わないということは、考えていなかった。


 自由に座れという案内に従い、マルコは最後列の中央に座る。ここなら前の席が全て見え、悪魔を探しやすいと踏んだのだ。

 十一時ぴったりに客席の照明が落ち、舞台の幕が開く。思ったより客席が見えず、悪魔を探せないことにマルコはげんなりする。一旦諦めて、演劇を楽しむことにした。

 劇の内容は、正義のヒーローと悪の幹部が素性を知らずに出会い、心を通わせるというものだった。そのありがちと言えばありがちなストーリーに……マルコは猛烈に感動した。


(素晴らしい……! なんて感動的な物語なんだ! 子供が書いたとは思えない!)


 マルコは涙を流し、立ち上がって拍手を送った。そこまで感動しているのはマルコだけだったが、気にすることはなかった。そして悪魔を探す目的など、完全に忘れていた。


 体育館を出ると、マルコは腹が空いていることに気づく。芸術とは体力を使うものだ。仕方がない。確か校庭に食べ物屋が並んでいたはずだと、マルコは校庭に向かった。

 屋台には見たことのない食べ物が並んでいた。焼きそば、カレー、唐揚げ、チョコバナナ……。アメリカンドッグという字を見たときは「犬を食べるのか」と驚いたが、見てみたらアメリカのコーンドッグだった。


(焼きそばは友人から聞いて気になっていたんだ。あれにしよう)


 マルコは迷いなく焼きそばの屋台に向かう。ソースの匂いは日本に来てから何度か嗅いだが、とても食欲をそそる。


「ヤキソバ、一つください」


 頑張って練習した日本語は、ちゃんと通じたようだ。マルコは成果を感じて満足げに笑う。


「三百円です」


 言われた金額に、マルコは驚愕(きょうがく)した。


(安い! 安すぎる!!)


 日本に来てから幾度か飲食店に入ったが、三百円で提供されたことなどない。正気を疑いながら、マルコは百円玉を三枚手渡す。どうやら間違いではないようだ。

 店員は笑顔で、容器から溢れそうなほど盛られた焼きそばを手渡した。そのとき一緒に渡された物を見て、マルコははっとする。


(しまった! 箸じゃないか!)


 マルコは箸が使えなかった。慌てて店員に「フォーク、ありますか?」と聞いたが、ないと返ってきた。ないものは仕方がない。それに箸は上手く使えないだけで、全く使えないわけではない。食べることはできるだろう。マルコは諦めて、焼きそばと箸を持って校庭の端のテーブルに向かう。

 マルコはテーブルにつき、日本の作法に則(のっと)って手を合わせる。


「イタダキマス」


 マルコは割り箸を左右に引っ張る。しかし途中で折れてしまいそうで、手が震えてしまう。

 そのとき、マルコの前に大きな人影が覆いかぶさった。


「箸、割りましょうか?」


 聞こえたのは英語だった。驚いて顔を上げると、そこにいたのは二メートルはあろうかという大男だった。百八十以上あるマルコは日本で自分より大きい人に会うことはあまりない。

 ドイツ寄りの顔立ちと金髪からして、彼も外国人だろう。黒いジャケットが引き締まった肉体を引き立たせ、非常によく似合っている。


 マルコはふと、その男が標的の悪魔の特徴と一致することに気づく。しかし、まさか本人だとは思わなかった。


(やつらもエクソシストが来ていると気づいているだろう。自分からイタリア人に話しかけたりしない)


 裏エクソシストの大半はイタリア人だ。それを知らないことはないだろう。マルコは別人と決めつけ、厚意に感謝して割り箸を渡す。男は実に美しく箸を割った。


 男はマルコの隣に座り、自身も箸を割る。テーブルに置いたのは、マルコと同じく焼きそばだった。

 男は慣れた仕草で焼きそばを食べる。もう日本に住んで長いのだろうか。そんなことを思いながら、マルコは箸で焼きそばを掴む。やはり難しい。


「箸は難しいですよね。使い方を教えましょうか?」


 マルコは親切な男に感謝し、使い方を教わる。今までは動画を見て練習していたが、どうやら持ち方が間違っていたようだ。

 正しい持ち方でも、やはり手が震える。しかし、今までよりは上手く掴めている気がした。

 マルコはようやく焼きそばを口に含む。ソースの独特な味と香ばしさに、マルコは思わずため息をこぼした。


「これは美味しい! 素晴らしいよ! これを食べるために箸を練習したくなるくらいだ!」

「そうだろ? ソースを使う料理は多いけど、俺は焼きそばが一番好きだね」


 気づけば口調も砕け、マルコは男との談笑を楽しんでいた。男が言うには、マルコがよくわからないと感じた校舎の中も、非常に愉快な出し物が並んでいるらしい。食べ終わったら行かなければ。

 男と話したのは、おそらくほんの五分程度だろう。しかしそうとは思えないほど、濃密な時間を過ごした。


「じゃあ、この後も楽しんで」


 男は颯爽と去っていった。マルコはかけがえのない友人を得た気持ちで、感嘆の息を漏らす。


(文化祭とは、なんて愉快な行事なんだ! 感動的な演劇を観て、安くてうまい料理があって、新たな友人に出会える。素晴らしい祭りだ!)


 マルコは感動した。訪れる前の「つまらないかもしれない」というイメージは、完全になくなっていた。

 マルコは空になった容器を指定の場所に捨てる。そして次なる出会いを求め、わくわくした気持ちで校舎へと足を向けた。

 悪魔の情報収集という目的は、すっかり頭から抜け落ちていた。

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