第34話 - 見えない輝き
ノエは背の高い金髪を追って廊下を走る。人が多く、誰もが避けてくれるわけではないから走りにくい。「すみません」と声をかけたらどいてくれるかもしれないが、どうやら日本では隙間を縫うのが標準らしい。そもそも廊下を走ってはいけないことは、すっかり忘れていた。
(見失ったら、また気配を消されて追えなくなる。悪魔の中には変身能力を持つやつもいるし、絶対に目を離しちゃいけない……!)
資料によれば、ドイツから逃げた悪魔は変身能力を持たない。人の姿は仮でしかないはずだが、幼少期をドイツで過ごしたせいか、ドイツ人の姿にしかなれないという。不器用な悪魔もいたものだとノエは思った。
しかし、この情報が絶対に正しいとは言い切れない。何せエクソシスト協会は、五十年も彼の行方を追えていない。その間に新たな能力が開花していてもおかしくないのだ。
「Oh! スミマセン!」
ノエは時折人にぶつかり、謝りながらひたすらに金髪を追う。標的はずいぶんと足が速い。ノエに気づいているのか、もしくは歩くのが速いだけかもしれない。歩きに関してはドイツ人も日本人も、たいていノエより速い。
そのとき、突然目の前の空間が開ける。廊下のそこだけ人が少ないようだ。それが自分の教室の前であり、展示がつまらなすぎて人がいないのだということに、ノエは気づいていない。
(今だ!)
ノエは全力で走り出す。金髪の男との距離が縮まり、ノエは手を伸ばす。頑張れば届きそうだと思ったそのとき――
「廊下を走らないでください」
その手を掴まれ、ノエは人に思いきりぶつかった。
「ぶっ……!」
硬い胸板に、ノエは相手が男だと理解する。女性ならセクハラになってしまうとはいえ、少し残念だ。
顔を上げると、そこには担任である有馬の顔があった。
「ああ、すみません。お怪我は?」
「ケガ、大丈夫デス。スミマセン、急ぐしてます」
「火急の用事なら私が承りますが、何があったのですか?」
通してくれない気配を察知し、ノエは言い訳を考える。おそらく悪魔である有馬を祓う手もある。しかしノエは有馬に関してだけ、確信を持って悪魔だとは言えなかった。有馬の瞳には、あの赤い輝きがないのだ。
有馬が羽生家の関係者だということはすぐに分かった。天音を追いかけていたときに、家の話をしているのを聞いたのだ。それも「今日の夕飯」という、同じ家に住んでいないと出ない話題だ。有馬が天音に「お好み焼きの具は何がいいですか」と聞いていたのを、ノエははっきり覚えている。ノエもお好み焼きを食べてみたいと思った。
羽生家には普通の人間も出入りしているようだが、有馬の顔にはヨーロッパ系の血を感じる。きっと、ベルゼブブの子孫と共にドイツを出た悪魔の子供だと思った。
しかしどれほど観察しても、あの赤い輝きは現れない。赤みのある瞳ではあるが、「ただそういう色」である可能性が捨てきれないのだ。眼鏡のせいかと思ったが、関係はなかった。
(さすがに、確信が持てないと攻撃できないな……。マルコが証拠を求める理由はこれか)
ノエはやっと、自分の任務の重要性を知る。しかし今はそれどころではない。こうしている間にも、金髪の男はノエから離れているのだ。
ノエはいかにも焦っている顔を有馬に向ける。
「落とし物、拾うしマシタ! すぐ渡すしないと、見えないなるデス!」
「私からお渡ししましょう。どのような方でしたか?」
有馬が落とし物を要求するように、ノエに手を差し出す。ノエが持っているのは自分のスマートフォンだけであり、ダミーでも渡せるようなものはない。
(つく嘘を間違えちゃった……。どうしよう……)
「話すもしたいデス」
「だからといって、廊下を走ってはいけません。それに黙って追いかけるより、大声で落としたことを伝えた方が良いのでは?」
ノエの額に汗がにじむ。これはたぶん、勝てない。
(とっととアリマから離れたほうがいいな)
「たぶん、ごみデス。渡す、いらないデス」
「そうですか。今日は教室のゴミ箱を出していないので、校庭の模擬店近くのゴミ箱を利用してください。場所はわかりますか?」
「ハイ!」
ノエは笑顔で返事をして、歩きながら有馬に手を振る。追っては来ないようだ。
金髪の男がいた方を見ると、それらしき人影はなくなっている。完全に見失い、ノエは右腕を下に振る。
(クソッ。アリマに捕まらなければ……)
ノエは悔しさに顔を歪めるが、仕方がないことだ。今度は上から探そうと、ノエは屋上に向か……おうとしたが、立ち入り禁止だったことを思い出す。最上階である四階に行こうと、ノエは階段へ向かった。




