第32話 - 暴食の悪魔
当番の時間が終わり、大輝は天音と天音の両親と共に教室を出る。正雄はいつの間にかいなくなっていた。自由奔放な人……いや、悪魔だ。
天音の両親は有馬との約束通り、寄り道をせず校門に向かう。天音の最後の文化祭だから、出し物だけでも見ようと訪れてくれたらしい。あんな展示で本当に申し訳ないと大輝は思う。
校門の前に来ると、天音の両親はくるりと大輝たちの方を振り返る。
「天音ちゃん、佐藤くん、残りの時間も楽しんでね」
「それじゃあ、またね」
天音の母が手を振り、父が軽く会釈をする。大輝もペコリと頭を下げ、仲良さげな背中を見送った。
その姿が見えなくなると、大輝の体から一気に緊張が抜ける。大輝は思わず大きなため息をついた。
「はぁ――――――――……」
「ごめんね。急に親がきてびっくりさせちゃったね」
「あー、いや、大丈夫……。緊張はしたけど……」
申し訳なさげに眉を下げる天音に、大輝は情けない笑みを向ける。驚きはしたが、予想しておくべきだったとも思う。
そのとき、大輝の腹がぐぅ~と音を立てる。どうやら胃袋の緊張も解けたらしい。
赤面する大輝を見て、天音がくすっと笑みをこぼす。
「お腹空いたよね。模擬店でごはん買う?」
「買う」
大輝と天音は自然に手をつなぎ、校庭に並ぶ模擬店を回る。校内でのスキンシップにもずいぶん慣れてきた。まだ手をつなぐ以上のことはしていないが。
あらゆる食べ物の匂いを嗅ぎ、天音はその全てに目を輝かせる。
「あ、フランクフルトあるよ!」
「カレーもおいしそう!」
「焼きそばもいいね!」
どれも美味しそうに見えるらしく、なかなか食べるものが決まらない。大輝もお腹が空きすぎて、全部食べたくなってくる。結局食いしん坊の二人の答えは、「全部食べよう」だった。
最初に焼きそばを買って校庭の飲食スペースに行くと、テーブルはすでに埋まっていた。食べられたらいいかと、二人はテーブルのない椅子に座った。
「羽生さんって、よく食べるよね」
焼きそばを頬張りながら、大輝はずっと思っていたことを口にする。天音は少し恥ずかしそうに頬を染める。
「そうなの。小さいころからよく食べる方だったんだって」
「へぇー。太らないのは体質?」
「たぶんそう。お父さんもおじいちゃんもそうだから。二人もよく食べるんだよ」
「そうなんだ」
「ま、一番濃い血が暴食の悪魔だからなぁ」
頭上から聞こえた声に、紅しょうがをつかもうとした大輝の手が止まる。色気のある深い声は、つい先ほど聞いたばかりだ。
顔を上げると、目の前に正雄が立っている。思いのほか近い距離に、大輝は驚いてひっくり返りそうになった。
「うわぁ!」
「おーっと、大丈夫か?」
正雄が大輝の腕と焼きそばをつかむ。おかげで椅子から落ちることも、焼きそばをこぼすことも免れた。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、驚かせたな。悪い悪い」
正雄は大輝の隣に腰を下ろす。その手には溢れんばかりの唐揚げが入ったカップが握られている。ずいぶん多く見えるが、サービスされたのだろうか。
正雄は片方の前髪を耳に掛け、爪楊枝を唐揚げに刺す。
「俺は純血の悪魔だけど、人の血が入ってないってだけで、いろんな悪魔の血が混ざってるんだ。で、その中で一番濃いのが、暴食の悪魔ベルゼブブ。天音の悪魔形態って見たことある?」
「あ、はい。一瞬だけ……」
「虫の羽が生えてただろ。あれもベルゼブブの血の影響だ」
「へぇ……」
悪魔というものについて、大輝の知識は漫画で得たものしかない。たしかベルゼブブはハエの王だったはずだ。
(あれ、ハエの羽だったのか……)
ハエは嫌いだが、天音にハエの王の血が流れていると聞いても嫌悪感はない。好きな人だからだろうか。
大輝は紅しょうがを咀嚼しながら、天音に告白した日を思い出す。空が赤かったのもベルゼブブの力なのだろうか。それとも別の悪魔の力なのだろうか。
(そもそも、本当に赤かったのかな……。全然話題にならなかったし、オレにしか赤く見えてなかったかもしれないんだよな)
あの日のSNSにも、ニュースにも赤い空のことは書いていなかった。理由はわからなかったが、あのときの大輝は「きっと悪魔の力なんだろう」で片付けた。あながち間違っていないのかもしれない。
そのとき、大輝は急にはっとする。この会話をエクソシストが聞いていたら、天音たちが悪魔だとばれてしまうのではないだろうか。
「あの、その話って人前でして大丈夫なやつですか……?」
「ん? ああ、平気平気。結界張ってるから」
「結界??」
二次元でしか聞かない言葉に、大輝はきょとんとする。正雄は大きな唐揚げをまるまる口に入れ、数回咀嚼してすぐに飲み込んだ。
「俺たちを認識できなくなる結界。姿は見えてるけど気にならないし、会話も聞こえてるけど頭に残らない。これはどの悪魔の能力だったか? もう混ざりすぎてわかんねーんだよな」
「混ざって新しく使えるようになった力もあるしね」
天音は補足しながら、空になった焼きそばの容器をビニール袋に入れる。大輝も一緒に食べ始めたのに、まだ半分残っている。この家族は食べるのが早い。
大輝が正雄に気づかなかったのも、おそらくその結界の影響なのだろう。視力の問題ではなかったことに、大輝はほっとする。
「羽生さんも結界使えるの?」
「ううん。使えたら、もう少し安全に過ごせたんだけど……」
天音が長い睫毛を伏せる。陰りのある瞳に、これまでの苦労がにじんでいるようだ。エクソシストが来るのは初めてだと聞いた気がするが、きっと他にもいろいろなトラブルがあったのだろう。実際、一部の女子生徒からの陰口は大輝も聞いた。
「おい、大ちゃん」
正雄がニヤニヤしながら、大輝の耳元に顔を寄せる。清涼感の中に甘みのある香りは、男でも少しドキッとする。
「“羽生さん”だとどっちかわかんねーだろ? 名前で呼んでやれよ」
「なっ……!?」
(名前ぇ!?)
大輝の顔が一気に熱くなる。たしかに、「羽生さん」だと正雄と天音どちらを呼んでいるのかわかりづらい。しかし女子を名前で呼んだことがない大輝には、ハードルが高すぎた。
(名前……あ、天音さん? うわっ、恥ずかし……!)
大輝はちらりと天音を見る。首をかしげる様子からして、正雄のささやきは聞こえていないのだろう。
挙動不審な大輝に、正雄は豪快な笑い声を上げる。
「っはっはっは! 真っ赤になっちゃって、かーわいー」
正雄が大輝の頬をつつく。からかわれたのだと気づき、大輝は少し悔しい気持ちになった。
正雄は空になった唐揚げのカップを潰し、すっと立ち上がる。
「冗談だよ。邪魔して悪かったなぁ。んじゃ、ごゆっくりー」
ひらひらと手を振り、正雄は颯爽と立ち去る。まだバクバクと鳴り響いている心臓に、大輝は深いため息をつく。
(やっぱり、ついて行ける気がしねぇー……)




