第30話 - 突然のあいさつイベント
大輝と天音は、一日で校舎内の出し物を回りつくした。まだ見ていない体育館と校庭は人が多く、明日行っても安心だろうという予想だ。
そして迎えた二日目。早速校庭に行こうとしたのだが、急遽自分のクラスの展示を見守ることになった。午前中の当番の生徒が、体調不良で来られなくなったのだ。
「私もいますから、大丈夫でしょう。とはいえ……」
教卓の前に立つ有馬が、教室全体を見渡す。
「誰も来なさすぎではないでしょうか」
教室の中には、大輝と天音と有馬の三人しかいなかった。
大輝は苦笑いで展示物を見る。模造紙をつなげた大きな紙に書かれているのは、大輝たちの学校の校章だ。それはよく見ると、全て手形でできている。
(手形で作った校章とか、誰も見に来ないよなぁ……)
大輝たちのクラスは、文化祭の出し物に全く興味がなかった。やる気がない中で、準備に時間をかけず、材料も学校にあるものだけでできたのが、この大きな校章だった。
「家族くらい来てもいいと思いますけどね……オレは呼んでませんけど」
「呼んでも、クラスの展示を見せる気はないのでしょうね」
大輝と有馬は同時にため息をつく。天音も困った顔をしている。
この場にいないノエも、最初で最後の文化祭の出し物がこれというのは気の毒だ。出し物を決めたとき、まだ編入生の情報はなかった。もし先にわかっていたら、少しマシなものを考えただろう。
そのとき、開きっぱなしの扉から二人の大人が顔を覗かせる。その姿に、天音の表情がぱっと明るくなった。
「お父さん! お母さん!」
天音が後方の出入口の方に駆けていく。有馬もそれに続くが、大輝は咄嗟に固まってしまった。
(羽生さんのご両親……!?)
大輝の体に緊張が広がり、手のひらがじわじわと汗ばんでいく。こんなところで「彼女の両親へのあいさつイベント」が発生するなど、全く予想していなかった。
大輝は勝手に、天音の親は来ないものと思っていた。なぜなら、学校にはエクソシストがいるからだ。わざわざ危険に足を踏み入れる必要はない。
(なんでご両親が……!? 先生も来るってわかってた顔してるし……。え? エクソシストは? 平気なの??)
大輝が混乱している間に、天音の両親は教室の中ほどまで入ってきている。大輝に向かってきている気がするが、気のせいだろうか。いや、気のせいではない。天音が両親を大輝の方へ誘導している。展示の前を素通りして、まっすぐに大輝に向かってきている。
大輝は慌てて姿勢を正す。学ランが第二ボタンまで開いているが、直している時間はなかった。
天音たちが大輝の目の前で止まる。天音は大輝に目を向けながら、揃えた指を両親に向けた。
「佐藤くん、紹介するね、私のお父さんとお母さん」
「は、はじめまして! 佐藤です!」
大輝は直角にお辞儀をする。失礼はないだろうか、作法は問題ないだろうかと、心の中には不安が広がっている。
「はじめまして~。天音ちゃんがお世話になってます~」
柔らかい女性の声が頭上から降ってくる。恐る恐る顔を上げると、天音の両親は穏やかな笑みを浮かべていた。
母親の方は、どう見ても普通の日本人だ。後ろで一つに縛った髪は飾り気がなく、一見質素な印象を受ける。しかし柔らかな目尻とふわりとした所作が、人のよさを感じさせる。
父親の方はすっきりとしたイケメンだった。薄い茶髪と整った顔立ちが天音に似ている。天音は父親似なのだろう。
二人とも優しそうで、雰囲気がほんわかしている。この人たちから天音が生まれたということに、妙に納得した。
天音の母は頬に手を当て、微笑ましい目を大輝に向ける。
「天音ちゃんの彼氏さんよね~。いいわね~。若いわね~」
「は、はいぃ!」
(羽生さん、家でオレの話してるんだ……!)
予想できていたことだが、いざ認識すると不安になる。悪い印象を抱かれていたらどうしよう。聞いていた人物像と違ったらどうしよう。今さらどうにもならないとわかっていながら、大輝はつい焦ってしまう。
しかし天音の両親の目を見て、その不安は杞憂だとわかった。二人とも慈愛に満ちた瞳を大輝に向けている。
天音の父が、天音と同じおっとりとした笑みを浮かべる。
「これからも、天音のことをよろしくね」
天音の両親、そして天音に微笑みを向けられ、大輝は心が温かくなる。認めているのとは違う、見守るような瞳だった。
「……はい!」
大輝は込み上げる思いを乗せて返事をする。思いのほか大きな声が出たが、皆笑ってくれた。
「へー、これ全部手形なんだ。面白いじゃん」
突然聞こえた声に大輝は驚く。深みと色気のある男性の声は、明らかに天音の父でも有馬でもない。
よく見ると、天音の両親の後ろに人影がある。展示の模造紙を見るその人物は、なぜ気づかなかったのかわからないほどの存在感を放っていた。
二メートルはあろうかという高い身長、緩く跳ねた長めの金髪、真っ黒のスーツ。パッと目に入る印象はホストのようで、それだけでもかなり目を引く。横顔は鼻が高く、ヨーロッパ系の外国人のような顔立ちだ。
(欧米の人? でもめちゃくちゃ流暢な日本語だったよな……。日本育ちなのか?)
ふとその人物と目が合ったとき、大輝の肩がぞくりと震える。真っ赤に輝く瞳は、まるでこの世のものではないかのようだった。
その輝きに、大輝は見覚えがある。空よりも赤い色は間違いなく、天音が悪魔の姿を現したときと同じだった。




