第27話 - 忘れられない一日
長かった体育祭も、いよいよ最後の種目だ。これで高校最後……いや、人生最後の体育祭が幕を閉じる。そう考えると感慨深く、大輝は少し気合が入った。
最後はクラス全員が走る、クラス対抗リレーだ。勝敗を競うものではなく、クラスで思い出を作るのが目的だ。一位を取っても総合成績には影響しない。全員の走力が露骨にわかるこの種目を、翔太は「地獄だ」と言うが、大輝は好きだ。活躍できるから。
(ノエの身体能力もわかるしな)
もしかしたら、いつか天音を抱えてノエから逃げる日が来るかもしれない。その日のために、大輝はノエの走力を見ておきたいのだ。天音の悪魔の力を使えば、大輝が抱えなくても逃げられるかもしれないが。
待機場所に座る大輝の後ろに、暗い顔をした翔太が座る。本当に嫌そうだ。
「大輝……俺の代わりに走ってくれ……」
「え、やだよ」
「今こそ、テスト勉強手伝った借りを返すときだろ……」
「普通にルール違反だから。まあ、お前が抜かされてもいいように速く走るわ」
そう話している間に、パンッと合図が鳴る。各クラスのトップバッターが一斉に走り出した。
大輝のクラスの走順は席順だ。三番目に当たる大輝は、もうスタンバイをはじめる。また天音にかっこいいと思われたい欲が出てくるが、走りに集中しようと深呼吸する。
あっという間に出番が近づく。大輝の前の走順の生徒は、足の速い方ではない。不安そうな様子が顔にも走りにも出ている。大輝はその生徒に合わせてゆっくり走り出し、バトンを受け取ると一気に速度を上げた。
大輝はすぐに三人を抜く。総合成績に影響しないとはいえ、走りは本気だ。四人目も抜き、最後にもう一人抜けるか……というところで次の走者にバトンを渡す。百メートルは案外短い。少し悔しいが、翔太との約束は守れただろう。
(羽生さん、見てくれたかな)
ついそう思ってしまうのは、承認欲求からだろうか。それとも単なる格好つけだろうか。たぶん後者だ。何せ、大輝がいいところを見せられる最後の瞬間だったかもしれないのだから。
ドキドキしながら天音を見ると、屈伸をして準備をしていた。
(あ、これ見られてないやつ……)
気合は盛大に空回ったようだ。大輝は悲しい気持ちになりながら、一足先にベンチに戻った。
数人の走りを見届け、天音の番がやって来る。大輝はくたくたで戻ってきた翔太にハイタッチして、すぐに天音に視線を戻す。翔太が右隣に座った直後、天音は走り出した。
(……はっや)
天音は隣の男子生徒にも負けない速度で走っている。確実に翔太より速い。
大輝は心の中で秒数を数える。十、十一、十二……
(十三秒いかないくらい。まだオレの方が速いけど……思ったより変わらないな……)
天音を抱えて逃げる必要はないかもしれない。大輝はまたもや悲しい気持ちになった。囮になる方向で検討しよう。
ほとんどの生徒がベンチに戻り、大輝のクラスの最後の走者、ノエの番が近づく。いよいよだと、大輝は緊張の面持ちでグラウンドを睨む。左隣に座る天音もノエを見ているようで、大輝と同じく真剣な顔をしている。大輝もそれくらいの目で見られたかったと思うが、そんなことを考えている場合ではない。
ノエがバトンを受け取り走り出す。その速度に、大輝の顔が思わず引きつった。
「はやっ……」
おそらく、大輝より速い。陸上部並みの速度は出ていると思う。
これがエクソシストなのかと、大輝は急に実感が湧いた。正直舐めていた。走りなら勝てると思い込んでいた。いや、思いたかったのかもしれない。
(羽生さんの足でも逃げられないし、オレが抱えたところで逃げ切れない……。冗談抜きで、囮作戦を考えたほうがいいな)
隣の天音を見ると、顔が強張っている。あれに追いかけられることを考えたら、当然怖いだろう。
大輝は天音の膝の上の拳に、自分の手をそっと重ねる。
「……大丈夫だよ」
そんな根拠のないことしか、大輝には言えなかった。けれど天音は落ち着いたようで、穏やかな瞳を大輝に向ける。
「うん。ありがとう」
天音が拳を開き、大輝と手をつなぐ。エクソシストが恐ろしいことは実感したが、一人ではない。二人で、乗り越える方法を考えたらいいと大輝は思った。
当のノエは、大輝たちの視線などどうでもいいようだ。ゴールした晴れやかな笑顔で、ベンチに向かって手を振っている。
「ユイー! 見るしマシター?」
(あ、笹本さん一人に振ってたのか……)
そう思いながら、大輝は結衣を見る。結衣は全く関係のない方向に目を向けていた。
ノエは「Oh……」と肩をすくめる。先ほどの大輝と同じ気持ちになっているかもしれない。大輝はノエに同情しながら、閉会式のために立ち上がった。
こうして全ての競技が終了し、体育祭は幕を閉じた。大輝の過去、エクソシストの脅威、いろいろなものを天音と共有した一日は、大輝には妙に長く感じられた。
(いい日だったな)
大輝は心からそう思う。きっとこの日のことは、一生忘れないだろう。




