第22話 - 別れを覚悟した告白
ガラガラと扉を開き、大輝と天音は誰もいない教室に足を踏み入れる。途中の階段で大輝が転びかけたが、天音に支えられて怪我をせずに済んだ。情けないしかっこ悪いが、付いてきてもらってよかったと思う。
窓側の、前から三番目である大輝の席までゆっくり歩く。大輝は自分のリュックの隣にしゃがみ、外側のポケットから小さな黒いポーチを取り出す。
(よかった。ちゃんと入ってた)
ポーチを開けるために、大輝は目を覆っていた手を離そうとする。しかし天音が横から手を伸ばし、ポーチを開けてくれた。
また天音に手を引いてもらい、大輝はトイレに向かう。さすがに中まで付いてきてもらうわけにはいかず、入口近くで待っていてもらった。
鏡を見ながらレンズを入れ、大輝は軽くまばたきをする。
(……よし。見える)
大輝はすぐにトイレを出る。天音は襲われた様子もなく、来たときと同じ場所に立っていた。
「コンタクト入った?」
「うん。付いてきてくれてありがと。助かった」
「ううん。佐藤くんが怪我しなくてよかった」
ずっと心配そうだった天音の顔がようやくほころぶ。大輝は視界がはっきりしたことより、天音の表情に安心した。
大輝たちはコンタクトレンズのケースを戻しに、再び教室に向かう。さすがに気になったのか、天音が窺うように大輝の顔を覗き込む。
「今さらだけど、森くんが『危ない』って言ってたのは、視力が悪いからだよね? どれくらい良くないの?」
「右が〇・五で、左が〇・〇三」
「えっ……」
天音が目を見開いて絶句する。大輝は「想像以上の数字だったんだろうな」と思いながら、なるべく心配させないように微笑む。
「昔……ってほど前じゃないか。中学のときに、眼球に傷入っちゃって。すぐ病院行かなくて、気づいたときにはここまで下がってた」
「中学生の、いつ……?」
「中二の冬……まではいってないか。秋くらい?」
教室に入り、大輝はポーチをリュックに戻す。その間、天音の顔はずっと蒼白だった。せっかく笑ってくれたのに、大輝は申し訳ない気持ちになる。
正直、大輝はこんなに心配されるとは思っていなかった。〇・〇三という数字に、ピンとこない人も多い。それにこれは大輝の過失でしかなく、心配されるようなことではないのだ。
(……話したほうがいいか)
本当は、大輝は視力のことを知られたくなかった。理由を話すには、大輝がひた隠しにしていた……悪い意味で“平凡”ではなかったときのことを話さなければならないからだ。
この話を聞いたら、きっと天音は別れを切り出すだろう。そうしたら、ハシビロコウに勝つ目標も、文化祭で見せるはずだったひまわりの絵も、無意味なものになる。
(それでも、騙してつき合うよりはいいよな)
リュックのファスナーを閉じ、大輝は天音を見る。きっと今の大輝は、とても情けない顔をしているだろう。
「羽生さん、聞いてほしい話があるんだけど……いいかな。このタイミングで言うことじゃないかもしれないけど、改まって時間作ると、緊張しちゃうから」
天音は大輝の覚悟を感じ取ったように、拳をぎゅっと握ってうなずいた。
歩きながら話そうと、二人は教室を出る。天音がつなごうと差し出した手を、大輝は取らなかった。
大輝はふーっと息を吐く。あんなに話したくなかったのに、不思議と落ち着いている。
「実はさ……」
天音が不安げにうなずく。なぜか緊張している天音に対し、大輝は天気の話をするような調子で口を開く。
「オレ、中学のとき……不良だったんだ」




