第21話 - 運命の出会い
ベンチから離れていく天音の様子を、ノエは視界の隅で追う。校舎に向かっているようだが、教室に戻るのだろうか。
(今なら教室に誰もいないよね……追おうかな。ダイキが一緒にいるけど、まとめて潰せばいっか)
ノエは上司に「あくまで情報収集だ」と再三言われたにもかかわらず、守る気がなかった。天音に悪魔の血が流れているのは、特殊な赤い輝きを持つ瞳からほぼ確定だ。少し光が弱いのは、人間の血が入っているからだろう。
(わかってるなら、これ以上情報を集めなくていいよね。とっとと祓って、日本満喫して帰ろ~)
「ちょっと、トイレ行ってきマス」
ノエは立ち上がり、女子生徒たちに手を振りベンチから離れる。有馬が他の先生に呼ばれたことも確認して、天音を追おうとしたそのとき。
「どこ行くの?」
張りのある女性の声が聞こえ、ノエは立ち止まって振り返る。そこには天音の友人である結衣が、険しい顔で仁王立ちをしていた。
「あんた、いっつも天音を追ってるよね。何が目的?」
つり気味の大きな瞳がノエを睨む。ノエは迫力のあるその視線をものともせず、にこりと笑顔を作る。
「かわいいから、ツイ見ちゃうデス」
「嘘」
確信を持った声で言われ、ノエは驚いてまばたきをする。嘘を見破られるのは珍しい。大抵の人は、笑顔に騙されてくれるのに。
結衣はノエを引き留めるよう……いや、逃がさないようにノエの手首をつかむ。
「あたしはね、本当に天音のことが好きな男子の目を、一年生のころからずっと見てきた。たった二年半って思うかもしれないけど、それはもうすごい数いたの。だから、目が肥えてる自信がある。そいつらの目と、あんたの目は全然違う。あんたの目には、感情がこもってない」
「感情、デスか」
「そう。本当にかわいいと思ってたらね、もっと鼻の下伸ばすんだよ」
「鼻……? それは目、デス?」
「です!」
ノエはあまり理解できずに首をかしげる。「鼻の下を伸ばす」なのに「目が違う」とは、どういうことだろう。
(日本語では、視線を表すのに鼻を使うことがあるのかな? 難しいなぁ)
ノエは真面目に考えており、結衣が言葉を間違えたのだと気づく様子はない。結衣は少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「と、とにかく! あんた本当は天音に興味ないでしょって聞きたいの!」
「Mmm……」
(困ったなぁ……。見破られると思ってなかった。どうしよう。振り払って逃げる? でも……)
ノエはじっと結衣の姿を見る。ノエより二十センチ近く背が低く、少し背伸びをする様子は正直……
(かわいい)
ノエは、大の女の子好きだった。
日本に来たとき、ノエが最初に思ったことは「女の子がかわいい」だった。丸みのある顔立ち、低い身長、清楚な雰囲気、話し方、服装、とにかく全部かわいい。
そんなかわいい女の子が、自分の手首を握っている。振り払うという選択肢は、ノエにはなかった。
「ユイ」
ノエが結衣の手に、つかまれていない方の手を重ねる。結衣が驚いて手を放すと、ノエはその手を両手で握りしめた。
「ユイ、すごいデス。当たりデス。ボクは、アマネよりユイに興味がありマス」
「は、はぁ!?」
結衣の顔が耳まで真っ赤に染まる。この言葉が嘘ではないと見抜いているのだろうか。
「ユイ、すごくかわいいデス。キレイな黒い瞳に吸い込まれてしまいそう。怒っている顔もかわいいけど、もしユイの笑顔が見られたら、ボクは幸せで死んでしまうかもしれない」
「なんでそういう日本語だけ流暢なの!?」
結衣は大きく手を振り、ノエの手から逃れる。少し恥ずかしそうに眉を寄せながら、ノエの目の前にビシッと人差し指を突き立てた。
「興味がないなら、天音に近づかないで! 今度追いかけたら、〇〇〇ぶっ潰すから!!」
結衣はノエに背を向け、ずんずんと大股でベンチに戻っていく。その背中からは、隠す気のない苛立ちが溢れ出ている。
ノエは股間に寒さを覚えながらも、ぞくぞくと心が滾り、顔を覆う。
(なんてことだ……。かわいい上に、こんな苛烈さも持ち合わせてるなんて。ますます気になっちゃうよ)
ノエは天音を追うのをやめ、結衣の背中を追いかける。悪魔の情報収集よりも、もっと大切なことがノエにはできてしまった。
(家に帰ったらマルコに報告しないと。ボクは日本で運命の出会いをしたって)
ノエにとって、恋は任務より大事である。ノエは機嫌よく結衣の隣に座り、借り物競走の続きを眺めた。




