第18話 - 知らないはずの話
生徒指導室を出ても、天音の表情は暗いままだ。大輝はつないだ手に力を込め、無理やり笑顔を作る。
「今月は体育祭も文化祭もあるし、楽しみだね!」
「うん……」
「文化祭は展示やる予定だし、自由時間多いといいな」
「うん……」
天音の返事はどこか上の空だ。それはそうだろう。ノエはおそらく、天音を狙って編入してきたのだから。
(そりゃ怖いよな……。悪魔だから普通の人間は余裕で倒せるんだろうけど、相手は悪魔祓いの専門家だもんな)
大輝の目の前に殺し屋が現れるのと変わらない。そう思うと、天音の不安は計り知れないだろう。登下校も、本当は大輝より有馬と帰る方が安全だ。大輝と帰っているのは、あからさまに警戒を強めるとかえって不審だからだ。
大輝は天音を元気づける方法を考える。話題をそらす作戦は駄目そうだ。ならば……
「羽生さん」
大輝は立ち止まり、天音の手を両手で包み込む。ノエが天音にしたよりも、強く、思いを込めて。
(エクソシストの相手なんかしたことないし、オレじゃ力不足かもしれない。けど……)
「大丈夫だよ。羽生さんはオレが守るから」
大輝はまっすぐに天音の目を見て告げる。天音の大きな瞳が太陽に照らされ、水面に反射したようにきらりと輝く。
天音は目を細め、小さくうなずいた。
「うん。ありがとう」
柔らかなその笑顔に、大輝はほっとする。やはり天音には、笑顔がよく似合う。
周りの視線を感じ、大輝ははっとする。冷静になると、とんでもなく恥ずかしい。
大輝はごまかすように後頭部を掻く。
「まあ、あの、その……オレこう見えて結構強いからさ、うん」
「ふふっ。そうだね」
(……あれ?)
流れるような天音の返事に、大輝は小さな違和感を覚える。
(オレ、羽生さんにあの話したっけ……?)
大輝は天音に、強さを示した覚えはない。それなのに、どうして天音は「そうだね」と言えるのか。
しかし以前に、トイレで男子生徒を伸した話をしたことを思い出し、それで納得されたのだろうと思い直す。
(そうだよな。あの話を知ってたら、オレとつき合うわけないもんな)
大輝は天音と手をつなぎ直し、再び歩き出す。とにもかくにも、天音が笑ってくれてよかった。
「そういえば佐藤くん、進路決めた?」
「うっ!」
突然飛んできた言葉の矢が、大輝に深く刺さる。進路のことなど完全に忘れていた。
先ほどとは打って変わって、大輝は情けない声を出す。
「全然決めてない……。羽生さんは決めた?」
「うん。都内の大学に進学するつもり」
(都内か……。賢いとこ行くんだろうな……)
天音はテストの神様ほどではないにしろ、常に学年上位をキープする学力の持ち主だ。正直、なぜこの高校に通っているのかわからない。家が近いからだろうか。
「進学か……オレも進学かなぁ……。大学ってどうやって決めるの?」
「行きたい学部があるかとか……あとは偏差値とか?」
「行きたい学部ねぇ……」
将来の夢がない大輝には、難しい話に思える。偏差値で決めた方が楽だろうか。
どちらにしろ、天音とは違う大学に行くことになるだろう。せめて自分も都内にして、遠距離恋愛を避けたいと大輝は思う。
(オレでも行ける都内の大学か……。さすがにあると思うけど、一回調べなきゃな)
頭を抱える大輝を見て、天音が慌てたように「あっ」と声を上げる。
「私に合わせて東京にしなくても大丈夫だからね! 都内じゃなくても、海外でも、佐藤くんが行きたいところを選んでくれたら……」
「えっ、あ、うん」
大輝のことを思って言ってくれているのだろうが、必死な様子に、大輝はむしろ不安になる。
(なんでそんな必死に……まるでオレと離れてもいいみたいな……)
そのとき、大輝はある可能性が思いつく。
(もしかして、卒業と同時に別れるつもりでいる……!?)
そう考えるとしっくりくる。大輝と別れるつもりならば、卒業後の進路を気にすることはない。そうとしか思えず、大輝の背中に冷や汗が流れる。
もともとは大輝も、高校最後の思い出のつもりで天音に告白したのだ。天音が同じことを考えていてもおかしくはない。
(卒業までに、いいとこ見せないと……)
別れを告げられないように頑張ろう。大輝はそう思い、つないだ手に力を込めた。




