第17話 - 十歳で悪魔を祓った男
「彼はエクソシストです」
碇〇ンドウのように机に肘をつき、有馬ははっきりと告げる。三人しかいない生徒指導室で、大輝と天音は険しい表情を浮かべた。
「やっぱりそうなんだ……」
天音の大きな瞳が不安げに揺れる。大輝はかつて有馬に言われたことを思い出し、首筋に流れる一粒の汗を感じる。
『悪魔は日陰を生きる存在です。エクソシストに追われ、世界各地を逃げ回ることになる。彼らは悪魔のみならず、悪魔に関わった人間まで滅ぼそうとします』
(そんなやべーやつが、本当に来ちゃったのか……)
覚悟を決めたつもりだった。しかしいざそのときになると、どうしたらいいかわからなくなる。
(どうしたら、っていうか……)
「あのー、有馬先生。質問いいですか?」
「はい、どうぞ」
「エクソシストって、具体的に何してくるんですか? 攻撃ですか?」
「はい」
「物理?」
「物理よりは、特殊攻撃ですね」
「それは防げるんですか?」
「人間には無理です」
「えぇ……」
あっさり放たれた言葉は現実味がなく、大輝はまだ飲みこめていない。それを察したのだろうか、有馬は眼鏡を押し上げ、授業中に見せる“人に説明するときの顔”になる。
「表向き、エクソシストはそんな野蛮なことはしません。通常の悪魔祓いは悪魔を倒すのではなく、悪魔に憑かれた人間から悪魔を追い払います。しかし裏側には、悪魔を倒す専門のエクソシストが存在します。彼らは神の光をその身に集め、悪魔を消滅させることができるのです」
「カミノヒカリ?」
「彼らはそう呼んでいるようなので、こちらも合わせていますが……実際は、霊感の強化版みたいなものでしょう」
「陰陽師の、こう……滅! みたいな?」
「陰陽師も、実際は妖怪退治より占いなどが中心だと聞いたことがありますが……イメージは近いですね」
大輝はアニメや漫画で見る陰陽師を思い出す。札を妖怪に投げつけたり、呪文を唱えて魔法陣からビームのようなものを出したりしていた。あんなことをされたらひとたまりもない。それも創作であり現実とは違うことに、大輝は気づいていない。
「やばいですね……。で、転校生はその裏側の方のエクソシストなんですか?」
「転校ではなく編入ですが……その通りです」
「うわ……」
大輝は途方に暮れる。物理攻撃ならなんとかできるが、ビームを出されたらどうしようもない。あれは避けられるものなのだろうか。
「授業中にいきなり殺されたりしません……?」
大輝は遠い目で有馬を見るが、有馬は案外さっぱりとした顔を大輝に向ける。
「それはないでしょう。裏エクソシストは公的組織ではありますが、公にはされていません。人目に付くところでの祓魔は避けるでしょう」
「公じゃない公的組織」
「それにそんな野蛮人ならば、教室に入れずに殺していますよ」
「誰が?」
「私が」
当然のように言われ、大輝はなんと返したらいいかわからなくなる。ノエより有馬の方が危ないかもしれない。
有馬は何事もなかったかのように話を続ける。
「教室は安全地帯と考えていいですよ。狙われるとしたら、人気のない校舎裏などですね」
「発想がヤンキーと一緒」
「公じゃないのもそうだけど……」
それまで黙っていた天音が、おずおずと会話に入ってくる。
「正式にエクソシストになれるのは、二十五歳からだよね? ノエくんの正確な年齢はわからないけど、まだ祓魔権限がないんじゃないかな」
(ノエくん……)
ノエが下の名前で呼ばれることに大輝は嫉妬する。有馬は大輝の心境におそらく気づいているが、無視して天音を見る。
「おっしゃる通り、サントーロさんは十七歳で祓魔権限がありません。……が、だからといって安心はできません」
「たしかに、一人で来てるわけないもんね。権限のある人に報告されたら……」
「そうではなく、彼は権限を無視して祓魔してくる可能性があるのです」
「「えっ!?」」
大輝と天音が同時に驚きの声を上げる。ハモって嬉しいとか思っている場合ではないのだろう。
「権限無視って、そんなことしていいんですか!?」
「いいわけがないでしょう。エクソシスト協会も手を焼く問題児ですよ」
「あ、ですよねー……」
エクソシストが無法地帯ではないことに、大輝は少しだけ安心する。しかし有馬の険しい表情を見るに、その安心は無意味なのだろう。
「ですが、同時に天才児でもあります。彼はわずか十歳で、悪魔を祓った経験があるのです」
「えぇ!?」
大輝は一人で驚きの声を上げる。今度はハモらなかった。
「十歳……十歳? 小学生??」
「ええ。訓練すら積んでいません。どこまで本当か知りませんが、記録によると、エクソシストだった祖父の見よう見まねで祓魔してしまったそうです」
「え、ガチの天才じゃん……」
「問題行動があっても任務を与えられているのは、実力があるからでしょう。なので」
有馬が再び碇ゲ〇ドウのように指を組み、鋭い視線を大輝と天音に向ける。
「これから絶っっっ対に一人で行動しないでください。特にお嬢様は、登下校もお屋敷の敷地に入るまで一人にならないこと。そして悪魔かどうかを探るような質問をされても、知らぬ存ぜぬを決め込んでください。いいですね?」
「はい!」
「うん」
またしてもハモりには失敗したが、大輝と天音は同時に返事をする。大輝はより一層気合を入れ、引き換えに進路のことを忘れていった。




