第16話 - オレも呼んだことないのに
「サントーロくんはいつ日本に来たの?」
「日本語上手だね~」
一限目が終わると、肉食系の女子が早速ノエを取り囲む。大輝なら怯んでしまいそうだが、ノエはにこにこと嬉しそうに話している。
「先月デス。日本語は、六月くらいから勉強した、だから、チョット話せマス」
「十分話せてるよ~」
「わかんないことがあったら何でも聞いてね!」
「アリガトございます。ノエって呼ぶ、ください」
「ノエくんね。これからよろしく!」
「ヨロシクおねがいします」
話すたびに手が動くのは、彼の癖なのだろうか。それともイタリア人に共通する動きなのだろうか。そんなことを思いながら、大輝は机に肘をついてノエを眺める。
(他の女子相手は普通だな……)
今のノエの様子だけ見ると、先ほどの天音への視線は気のせいだろうかと思う。しかしやはり胸騒ぎが消えず、大輝の眉間に無意識にしわが寄る。
「だーいき」
「いてっ!」
脳天に硬い衝撃を受け、大輝は思わず頭を押さえる。教科書の背表紙で小突かれたようだが、結構痛い。顔を上げると、翔太が歴史の資料集を持ち呆れ顔をしていた。
「顔が怖いぞー。どうした? 転校生がヤバい不良だった?」
「いや、違うけど……」
(なんて説明しよう……)
この違和感を、他人に説明するのは結構難しい。それに、翔太がノエに余計な先入観を持ってしまうかもしれない。だからといって、翔太がノエへの態度を変えるとは思えないが。
そのとき、天音がノエの横を通り過ぎようとするのが見えた。大輝がそれに気づくと同時に、ノエがはっとしたように立ち上がる。そして天音の細い手首を勢いよくつかんだ。
「待つ、クダサイ!」
天音は立ち止まり、驚いたようにノエを見る。同時にノエの周りの女子の雰囲気が暗くなり、見ているだけの大輝すらビビりそうになる。天音と歩いていた結衣が女子を睨んでいるあたり、静かなる攻防がはじまったのだろう。
そんな女子の様子に気づいていないのか、ノエはつかんだ手を滑らせ、両手で握りしめる。
「かわいいデス! 名前、なんデスか?」
「へ?」
天音がぱちぱちとまばたきをする。予想外のことを言われた、というような顔だった。
「えっと、羽生 天音です」
「アブ?」
「はぶ、あまね」
「アマネ! きれいな名前デス!」
(……は?)
無邪気なノエの言葉に、大輝のこめかみがぴくりと震える。
(オレも名前で呼んだことないのに……)
大輝はガタリと大きな音を立てて立ち上がる。ずんずんとノエに近づき、天音から引き剥がすようにノエの肩をつかんだ。
「オレの彼女になんか用?」
その声は、普段の大輝からは想像もできないほど低かった。天音が怖がるかもしれないとか、そんなことを考える余裕は大輝にはない。
「行け! 佐藤!」
「倒せー!」
「頑張れ凡人代表!」
モテない男子たちの応援(?)は、残念ながら大輝の耳に入っていない。翔太が大爆笑していることにも気づかなかった。
ノエはきょとんと首をかしげる。
「日本は、Ehm……ボーイフレンドいると、話す、ダメ?」
「そういうわけじゃないけど、いきなり手ぇ握ってファーストネームで呼ぶのは馴れ馴れしすぎると思う」
「ナレ?」
「失礼。Rude」
「Oh……ゴメンナサイ」
ノエはパッと天音の手を放す。大輝は潔い様子に安心しながらも、ノエの視線をちゃんと観察していた。
(やっぱり、羽生さんを見るときだけなんかおかしい……)
上手く説明はできない。なんとなく、ノエが本気で天音を綺麗と思っているのではなく、近づくために嘘をついているように見えるのだ。本当に綺麗だと思っているなら、こんなにあっさり引き下がらない……というのは、さすがにイタリア人への偏見がすぎるだろうか。
大輝と天音、結衣はその場を離れ、大輝の席まで移動する。そこに座って笑っていた翔太に、大輝は軽く拳を食らわせた。
「羽生さん、大丈夫だった?」
「あ、うん……。ありがとう」
そう言った天音の表情に、いつもの明るさはない。突然手をつかまれて驚いたというには、少々暗すぎる。
(やっぱり、あの視線は気のせいじゃないか……。有馬先生にも聞いてみよう)
真面目な顔でそう考えながらも、頭の片隅ではノエが天音を名前で呼んだことを引きずっていた。




