第15話 - ほのかな敵意
新学期が始まった。三年生の九月ともなれば、話題は進路一色だ。大輝は周りの会話を聞きながら苦笑いを浮かべる。
(進路、考えてねぇ……)
何せ、夏休みはほぼデートと絵と宿題に費やしていたのだ。ちなみに、絵は完成した。
大輝は頭を抱えて机に突っ伏す。
(進路ってどう決めるんだ? 将来やりたいこととかないし。とりあえず大学? そんなテンションで決めていいのか?)
「翔太、進路決めた?」
大輝の隣を通り過ぎようとした翔太に、大輝は一瞥もせず話しかける。翔太の気の抜けた「ん?」という返事が頭上から降ってくる。
「決めてる」
「マジか。進学?」
「進学」
「だよなぁ……」
テストの神様を自称する翔太が、大学受験に挑まないわけがない。推薦も取れるだろうが、この男はテストが趣味なのだ。
(マジでどうしよ……。羽生さんは決まってるのかなぁ)
もし天音も進路を決めていたら、大輝は完全に出遅れた気持ちになるだろう。しかし天音の性格からして、決めていないとは思えない。
「そういや大輝、気づいてる?」
いきなり話題が変わり、大輝は顔を上げて翔太を見る。教室の後方に目を向ける翔太の意図を察し、同じ方向にぐるりと首を回す。
「あー……席が増えてる話?」
廊下側の一番後ろに、一学期まではなかった席が足されている。汚れの少ない机は、それが今まで使われてこなかった備品であることを物語っている。
翔太はその席に目を向けたまま、「そう」と短くうなずく。
「転校生かな。大輝どう思う?」
「こんな時期に転校? うーん……でも他にないか」
「なくはないけど、中途半端だよな。もう高校生活終わるのに」
「まだ終わんねーよ」
翔太にツッコみながらも、大輝は机をじっと見つめる。まだ空っぽのその席に、妙な胸騒ぎを覚えていた。
(なにかわかんないけど……嫌な感じがするんだよな)
呪われた机……ということは、さすがにないだろう。しかし単なる違和感とは思えない。
そうしているうちにチャイムが鳴る。全員がぞろぞろと席に座り、有馬が教室に入ってくる。
有馬の後ろには、見慣れない少年の姿があった。
「本日よりこのクラスに入ります、ノエ・サントーロさんです。サントーロさん、自己紹介をお願いします」
「ハイ!」
陽気そうな少年は、栗毛の髪を揺らして満面の笑みを浮かべる。
「イタリアから来ました、ノエ・サントーロ、デス! 日本語、まだカンペキではないですが、勉強してきマシタ! ヨロシクおねがいします!」
生徒たちは揃って拍手をする。たしかにカタコトではあるが、かなり流暢な日本語だ。
一見まったく害のなさそうな少年だ。しかし大輝は、ノエに何とも言えない不安を感じた。
(なんだろう……普通の人じゃない感じがする)
単純なフィジカルの強さなら、大輝は見ただけである程度わかる。ノエはけっこう強い部類だろう。しかし、それだけではない何かがノエにはある。
(ただイタリア人の方が日本人より筋力があるだけ? そんな感じでもないんだよな……。ゴジラが出ても怯まなそうっていうか、拳銃向けられても笑ってそうというか……)
大輝の前提がおかしいのはさておき、ノエに感じるのは度胸や場慣れといった感覚だ。死線をくぐり抜けてきた貫禄のようなものが漂っている。
有馬の指示を受け、ノエがあの空いていた席に向かって歩いていく。そのとき、一瞬彼の視線が天音に向いたように見えた。
(……え?)
その目を見たとき、大輝は胸騒ぎの正体に気づく。ノエの黄みのある茶色い瞳には、ほのかな敵意が宿っていたのだ。




