第12話 - ないものねだり
ゴッホの絵は、何を見てもゴッホである。作者を知らずに絵を見ても、不思議と「ああ、ゴッホだ」とわかる。
それは決して悪い意味ではない。ゴッホにしか出せない味が、どの絵にも共通してあるのだ。
(オレもそんな絵描きてぇー)
大輝はかの有名なひまわりの絵を見ながら、そんなことを思う。大輝の絵は良くも悪くも“平凡”で、下手でもないが上手くもない。
絵を描き始めたきっかけは漫画だった。漫画家に憧れて模写をして、自分で物語を考えたりもした。しかし何番煎じかわからない設定しか思いつかず、漫画家を諦め、絵だけが残った。
油絵を始めたのは高校からだ。上手く描けなくて当然かもしれない。けれど周りの絵を見ると、つい劣等感を抱いてしまうのだ。
(絵を仕事にする気はないんだけど……ひまわりの絵だけはいいものにしたいよな)
そのためにゴッホのひまわりを参考に……と思ったが、独特のタッチを真似しても、ゴッホのパクリにしかならない気がする。それに、ゴッホのひまわりは畑ではない。
ひまわり以外にも参考になるものはないかと、大輝は絵を注意深く観察する。
(ゴッホって自画像多いよな……。肌の色にも青入れてるんだ。へぇー。背景に青が多いのも理由があるのかな……)
「ふふっ」
不意に笑い声が聞こえ、大輝ははっとする。せっかく天音と来ているのに、絵のことばかり考えていた。
大輝は慌てて天音に目を向ける。天音は楽しげに微笑み、なぜか絵ではなく大輝を見ていた。
「あ、ごめん。見るの遅くて」
「ううん。佐藤くんが楽しそうで嬉しい」
(楽しそう……なのか?)
大輝自身は、かなり険しい表情をしていると思っていた。しかし楽しいかと聞かれると、たしかに楽しい。
美術部に入ってから、絵画を見に行くこと自体は増えた。けれどゴッホの絵ばかりをこんなにたくさん見るのは初めてだ。もともとは代表作以外知らず、ゴッホが約二千点もの作品を残していることも知らなかった。新しいことを知るのは、純粋に楽しい。
しかしせっかくデートに来たのに、彼女より絵画を眺めるのもどうかと思う。美術館としては正しいかもしれないが。
「なんか、オレばっかり楽しんでてごめん」
「楽しいことはいいことだよ。それに、私も楽しい」
そう言って笑う天音は、たしかに嘘を言っているようには見えない。しかし大輝ばかり優先してもらっている気がして、罪悪感が芽生えてくる。
(デートプランはもう崩れてるんだよな……美術館を出る予定の時間過ぎてる……。まあ、あれは翔太の姉ちゃんの好みであって、羽生さんが気に入るかはわかんないんだけど)
そう思うと、考えたデートプランが正しいのかわからなくなってくる。先に天音の行きたいところを聞いておくべきだったかもしれない。
(今から挽回できることは……)
「見終わったら、羽生さんの好きなもの食べよっか」
「いいの? ありがとう。実は、前から行ってみたかったお店があるの」
わくわくする様子の天音に、大輝はほっとする。思い付きでも提案してよかった。
腕時計を見ると、ちょうど昼飯時だ。今のペースで展示を見ていたら、かなりお腹が空いてしまうだろう。
(あんまり待たせてもよくないよな)
大輝はもう少し展示を見たい気持ちを抑え、ニッと笑顔を作る。
「じゃあ、あとはサクッと見てごはんに……」
「せっかく来たんだし、最後までゆっくり回らない? 今行っても、お店混んでると思うし」
天音はそう言うと、大輝の手を握り絵を眺める。流れるような言葉と動作に、大輝は自分の情けなさを痛感する。
(そういう気遣い、オレもさらっとできるようになりてぇー……)
ないものねだりばかりの自分に呆れながら、大輝も天音と共に絵画を眺めた。




