第9話 - つり合ってなさすぎ
テストが無事に終わり、有馬を納得させ、ようやく平和な日々が訪れる……と思った大輝だが、残念ながらそうはいかなかった。
「あれが羽生さんの彼氏?」
「なんかフツー」
「むしろダサくない?」
「つり合ってなさすぎ。ウケる」
他のクラスの女子たちに、こんなことを言われる日が続いている。大輝はからあげを咀嚼しながら、いたたまれない気持ちで下を向く。
(たぶんこれ、有馬先生の嫌がらせだよな?)
この現象が始まったのは、大輝が有馬にテストを見せた翌日だ。直接別れさせることに失敗した有馬が、次の一手として「大輝と天音がつき合っている」と噂を流したのだろうと大輝は思っている。
「オレの顔がイケメンじゃないせいで、羽生さんの唯一の欠点になってる……」
「毎日毎日よく飽きないよなー」
大輝の隣で、翔太はいつもどおり巨大なおにぎりを頬張っている。最初は面白そうにしていた翔太だが、数日で飽きたらしい。
「男子は来ないのにな」
「いや? 最初は来てたよ」
大輝はソーセージを口に放り込み、記憶を呼び起こす。あれは有馬が噂を流した(と思われる)翌日のことだ。
休み時間になり、大輝はトイレに向かった。周囲の視線が気になりながらも用を足し、手を洗ってトイレを出ようとした。
そのときだった。トイレの入り口をふさぐように、ふくよかな男子生徒が立ちはだかった。その生徒は危ないことに、手にカッターナイフを持っていた。
「よくも……よくもボクの天使を……!」
男子生徒がキッと睨み、カッターナイフを大輝に向ける。血走った目は、とても話が通じる状態には見えない。
「ボクの天使を返せええぇぇぇぇ!!!!!」
大輝の倍の体重はありそうな巨体が、まっすぐに向かってくる。トイレにいた他の生徒が、奥に逃げていくのが足音で分かった。
普通なら自分も逃げるか、足がすくんで動けないかもしれない。しかし大輝は顔色一つ変えず、手を拭いていたハンカチをポケットにしまう。
大輝は顔を背ける程度の動きでカッターナイフを躱す。男子生徒の腕をつかむと、彼の巨体をぐるりと縦に回転させる。男子生徒は勢いのまま、背中から床に叩きつけられた。
とはいえ、大輝は怪我をさせない程度に手加減している。おそらく無傷だろう。大輝は男子生徒の手からカッターナイフを取り、カチカチと刃をしまう。
「こんな狭いとこで暴れたら自分もケガするぞ。あと羽生さんはお前のものじゃないし、そもそもモノじゃないから」
大輝は呆然とする男子生徒にカッターナイフを返す。踵を返し、何事もなかったかのように教室に戻った。
「それ以降、誰も向かってこないんだよなー」
「そりゃそうだろ」
「怖すぎでしょ」
翔太と共にツッコミを入れたのは、天音の友人の笹本 結衣だ。翔太の正面に座る結衣は、ポニーテールを揺らしてドン引きしている。
「刃物向けられて動じないやつとか、刃物向けてくるやつと同じくらい怖いんだけど。投げたって何? 格闘技でもやってたの?」
「いや、なにも……」
「してなくてそれは絶っっ対おかしい。しかも取ったカッター返したの? 先生も呼ばずに?」
「うん。もう向かってこなさそうだったから」
結衣はゲテモノを見るようにしかめ面をする。その目は大輝にもけっこう堪えた。甘いはずの玉子焼きがしょっぱい。
「ちょっ、怖すぎるんだけど……。天音、こいつとつき合ってて大丈夫? 乱暴されてない?」
結衣が自分の隣、大輝の正面に座る天音の肩をゆする。天音は意外と大きな弁当箱を持ちながら、屈託のない笑みを浮かべる。
「うん。佐藤くん優しいよ」
神々しさすら感じる笑顔に、大輝の心が洗われる。女子からの陰口に耐えられているのは、天音のおかげかもしれない。
噂が流れてから、大輝と天音は一緒に昼を過ごすようになった。もうばれたならいいだろうと、開き直った結果だ。翔太は勝手についてきて、結衣は天音が誘った。
天音と過ごせる時間が増えるのは、純粋に嬉しい。噂も悪いことばかりではないと、大輝は少しだけ有馬に感謝した。
「何が天使だよ。男の趣味悪すぎ」
そんな声が聞こえ、大輝は思わず廊下側の窓を見る。しかし群がる女子が移動しはじめ、それが誰の声かわからなくなる。
(今の、オレじゃなくて羽生さんの悪口だよな……?)
大輝が困惑していると、結衣が大きなため息をつく。
「よくも毎日毎日天音の陰口ばっかり……暇なの?」
「え、あれ羽生さんの悪口も混ざってんの?」
「混ざってるっていうか、全部でしょ」
言っている意味が分からず、大輝はぱちぱちとまばたきをする。結衣は箸を置き、呆れたように頬杖をつく。
「気づいてなかったの? あれはあんたじゃなくて、天音に言ってるの。このルックスで頭が良くて運動もできるなんて、僻まれるに決まってるじゃん」
「そうなの……? 女子怖ぇ……」
「そんなもんだよ。僻んだところで自分がモテるわけじゃないんだから、ほっとけばいいのにね」
結衣は眉をつり上げたまま白身魚のフライを頬張る。たしかに結衣の言う通りで、女子がなぜ僻むのか、結局大輝にはわからない。
天音は笑っているが、本当はとても怖がっているのかもしれない。そう思い、大輝は箸を置いて天音を見る。
「羽生さん、大丈夫? オレにできることがあったら……」
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
ふわりとした笑みは花のようだが、意味を察した大輝は苦笑いを浮かべる。
(あ、これ物理でどうにかするやつだ……)
これだけの美少女だ。今までも同じような目に遭い、何度も乗り越えてきたのだろう。自身の持つ悪魔の力で。
大輝は女子たちを気の毒に思いながら、最後の玉子焼きを口に入れた。




