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三ヶ月限定の逆療法〜「尽くしすぎ」と「重すぎる」を解禁したら、お互いにとっての理想の溺愛になりました〜  作者: 寝不足魔王


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第8話「一秒の葛藤、確信に変わる熱」

 恵比寿での三回目のデートを終えた、翌月曜日の夜。

 私はベッドの中でシーツを頭から被り、激しい自己嫌悪と戦っていた。


 カフェの薄暗い灯りの中で、長谷川さんが見せた、いつもよりほんの少しだけ低い、熱を帯びた声。

 あの時、私のすぐ近くに座り直した彼の、守るような大きな背中。

 思い出すだけで、顔が内側から爆発しそうに熱くなる。


 ――ううん、勘違いしちゃダメ。

 私はきつく目を閉じ、胸の前に両手をぎゅっと握り締めた。

(長谷川さんが私を特別に思ってくれるわけがないわ。私が勝手に期待して、自分の『重さ』で彼の優しい気遣いに縋りつこうとしているだけ。これ以上、自分の歪みで彼を困らせちゃいけない)


 同じ時刻、自宅の書斎で図面を開いていた律さんもまた、シャーペンを握ったまま激しい自責の念に駆られていた。

 あのカフェで、若い店員が紡さんに視線を向けた時に抱いた、酷く醜い嫉妬の火花。


(僕はただの、アプリのリハビリ相手に過ぎないのに。なんて傲慢で、勝手な感情を抱いてしまったんだ。元妻の不貞に病んだからといって、その歪んだ独占欲を椎名さんに向けて縛るような真似は、絶対に許されない)

 律さんは静かに息を吐き、自分の本性に再び強固な鍵をかけた。彼女の自立を妨げず、彼女を不幸にしないために、僕はもっと一歩引いて、完璧な壁役に徹しなければならない。


 ◇


 週の中日である、水曜日の夜。

 日常メッセージリハビリの、折り返しの時間。


 お互いに自分の内なる歪みを自覚し、自戒のブレーキを強く踏み込んだ結果、私たちの日常LINEは、一週目以上に慎重なものになっていた。


 二十時。私は駅のベンチに座り、スマートフォンの画面を前にして激しく指を躊躇わせていた。

(あの恵比寿の出来事の後だからこそ、私の連絡が『しつこい監視』だと思われたらどうしよう。一文字でも余計な感情が混ざったら、長谷川さんの限りない優しさを搾取してしまうことになるのに)


 脳内の検閲官が、かつてないほど厳重に文字をチェックする。

 けれど、私を動かしたのは、やっぱりアプリの絶対のルール――『我慢せず、相手に行動報告をすること』という免罪符だった。


『長谷川さん、お疲れ様です。今日も予定通りに仕事が終わりました。今から電車に乗ります』


 感情を極限まで削ぎ落とした、義務的な一文。

 私は祈るような心地で、送信ボタンを押し込んだ。


 ◇


 スマートフォンのバイブレーションが、律のデスクを小さく揺らした。

 画面を確認した律の焦げ茶色の瞳が、切なげに小さく揺れる。


(……あぁ、やっぱり彼女は、僕のあの嫉妬に気づいて、警戒させてしまったんだ。だからこんなに、事務的な文面になってしまったんだな)

 自分の過ちを悔やみながらも、律は彼女を少しでも安心させたいと、優しさMAXの行動原理を総動員してキーボードを叩いた。


『椎名さん、今日もお仕事本当にお疲れ様。いつも丁寧なご連絡をありがとう。無事に仕事が終わったようで安心したよ。電車の冷房で体が冷えないように、気をつけて帰ってね』


 一歩引く、と決めたはずだった。

 これ以上、彼女の領域に踏み込んではいけないと自責したはずだった。

 けれど、彼女に嫌われたくない、彼女を傷つけたくないという律の気遣いは、文字の端々に、隠しきれないほどの深い熱を滲ませてしまっていた。


 ◇


 金曜日の夜。

 一週間のメッセージラリーを終え、私は自宅のソファで、スマートフォンのトーク画面を一番上からスクロールしていた。


 お互いに「これはリハビリの義務だ」「相手は練習に付き合ってくれているだけ」と、三十五歳前後の大人の分別で、必死に自分へ言い訳をしてきた日々。


 けれど、画面に並ぶ青と白の吹き出しを見つめて、私は不意に息を止めた。


 一秒の狂いもない、恐ろしいほどの即レスの速度。

 私の拙い報告を、何倍もの温かさで包み込んでくれる丁寧な長文。

 そして、私の居場所を知って、心から安心してくれる彼の言葉。


 そこに並んでいたのは、ビジネスの枠なんて、とうの昔に遥かに超えてしまっているという、動かぬ証拠バグだった。

 お互いを狂おしいほどに求め合い、一秒でも早くその存在に触れたがっている、生身の男女の熱が、そこに確かに存在していた。


「……もう、言い訳できないよ」


 私はスマートフォンを胸に抱きしめ、静かに涙を溢れさせた。


 嫌われるのが怖くて、心をロボットにしていたはずなのに。

 アプリの免罪符という盾は、もう内側からどろどろに溶けて崩壊しかけていた。

 一ヶ月目の終わりが近づく中、私たちはもう、この心地よい溺愛の沼から、自力では絶対に引き返せないところまで深く、深く溺れ始めていた。


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