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三ヶ月限定の逆療法〜「尽くしすぎ」と「重すぎる」を解禁したら、お互いにとっての理想の溺愛になりました〜  作者: 寝不足魔王


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第18話「夜風の余熱、重なる五指のボーダー」

 レストランの重い扉を押し開けると、冷え切った冬の夜風が、火照った私たちの頬を容赦なく撫で落としていった。


 恵比寿の街灯が、レンガの石畳を静かに照らし出している。

 駅へと続く少し薄暗い並木道を、私たちは並んで歩いていた。食事中のあの甘いタメ口の余韻が未だに胸の奥で暴れていて、隣を歩く律さんの存在が、一時間前よりも遥かに近く、そして鮮烈に感じられる。社會人としての防衛線だった距離感は、もうどこにも残っていなかった。


「寒くない? 紡。さっきより風が強くなってきたね」

「うん、ちょっとだけ寒い、かな。でも、長谷川さんとたくさんお話できたから、なんだか胸の奥はすごく温かいよ」

「僕もだよ。紡といると、本当に時間が経つのが早くて困るな」


 律さんはそう言って、困ったように眉を下げて微笑んだ。

 フランクな言葉を交わすたびに、お互いの輪郭が少しずつ溶け合っていくような錯覚を覚える。けれど、歩調を合わせて進むうち、私たちの手のひらが、歩く振動のなかで何度もかすかに擦れ合いそうになった。


 ◇


 カサ、と服の袖が触れ合うたびに、私の心臓が痛いほどに跳ね上がる。

 視線を斜め下に落とすと、律さんの大きな右手が、すぐ近くで所在なさげに何度も開閉しているのが見えた。


(手が、触れそう……)

 脳内の検閲官が、一年前の冷たい記憶を引っ張り出して、私の指先をすくませる。

(ダメよ、紡。私から服の袖を掴んだり、手を繋ごうとしたりしたら、やっぱり『重い女』って思われる。一年前、元彼と歩道を歩いているときに腕を組もうとしたら『うっとうしい、外でベタベタするな』って冷たく手を払いのけられたじゃない……)

 拒絶される恐怖が、足元をすくませる。私は無意識に、自分の両手をコートのポケットの中に押し込もうとした。


 一方、律の脳内でも、それ以上に激しい心理戦が巻き起こっていた。

 寒さで指先を小さく丸めている紡の姿が、彼の『優しさMAX』の行動原理を激しく刺激している。


(手を繋ぎたい。彼女のその凍えそうな手を、僕の手で包み込んで、温めてあげたい。……いや、ダメだ。まだ僕たちは、アプリのリハビリ契約の途中にいる。ここで僕が強引に手を握ったら、彼女に『義務だから拒めない』と思わせて怯えさせてしまう。それは優しさじゃない、ただの独占欲の押し付けだ)

 相手を不幸にしないために、一歩引くんだ。そう自分に言い聞かせ、律は溢れそうになる愛おしさを必死に堪えて、ポケットの中の拳を強く握り締めていた。


 ◇


 横断歩道の信号が、無慈悲に赤へと切り替わり、私たちの足が止まった。

 人混みがまばらな並木道。冷たい風が吹き抜け、私は思わず小さく身を震わせた。口元から、白い息が小さくこぼれ落ちる。


 それを見た瞬間、律の脳内のブレーキは、完全に限界を迎えて吹き飛んでいた。

 彼はしどろもどろになりながらも、覚悟を決めたように、ポケットから右手を出して私の前にそっと差し出した。


「……紡。手が、すごく冷たそう。あの、これ、アプリの課題にはないんだけど……その、迷惑、かな」

「律さん……」


 差し出された彼の大きな手のひら。わずかに震えているそれが、彼にとってもどれほど勇気のいる行動だったかを物語っていた。

 向けられた焦げ茶色の瞳には、かつて私を切り捨てた元彼のような冷たさは、一ミクロンも存在しない。あるのは、私を壊れ物のように大切に想ってくれる、深い熱だけ。


 私は、もう自分の感情を検閲することを完全にやめた。

 コートのポケットから手を出し、迷わずに、彼の大きな五指へと自分の指を伸ばした。


「ううん、迷惑なんて絶対にないよ。……アプリのルールにはないけど、これ、リハビリの『延長』、だね」

「うん。……リハビリの延長だ」


 律さんは愛おしそうに目を細めると、私の冷え切った指先を、大きな手のひらで壊さないように優しく、けれど離さないという強い意志を込めてしっかりと包み込んだ。

 差し込まれる、お互いの指と指。

 そのまま、彼は私の手を、自分のコートの大きなポケットの中へとそっと引き入れた。


 暗くて温かいポケットの中で、私たちの五指が深く、深く噛み合う。

 じわりと伝わってくる、彼の高い体温。


「……すごく、温かいね、律さん」

「紡の手が冷たかったからね。……もう、離さないよ」


 ビジネスライクな練習、という都合のいい言い訳すら自分たちで作り出し、ついに言葉だけでなく『体温の共有』へと踏み込んでしまった私たち。

 赤信号の下、繋いだ手の圧倒的な熱量に息を呑みながら、私たちは互いの瞳の奥にある、もう誰にも止められない本物の恋の炎を見つめ合っていた。


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