EPISODE 2: SPACE STATION
「スター・バレット・ラン」
J.J.が吐き出したその言葉に、ヴィカの指が止まった。
銀河中のならず者たちが、利権と誇りを賭けて激突する非合法レース。
ひとつ、チェックポイントの物理通過必須。
ひとつ、いかなる場合でも殺傷禁止。
ひとつ、船と乗組員の交代禁止。
ひとつ、スタートは銀河最西端。
ひとつ、ゴールは銀河最東端。
すなわち、銀河縦断レースである。
それは「ならず者たちの外交」と呼ばれる、裏社会のパワーバランスを再定義するための狂宴だ。
「これ、どうしたのよ」
ヴィカが、J.J.から差し出された電子チケットを凝視する。
J.J.は、そっけなく視線を逸らし、頬をひきつらせた。
送り主は、昔仕事を受けた、あの不気味な老婆だ。
「……たまたま、懸賞で当たったんだ」
「嘘おっしゃい。そんな懸賞、銀河のどこをハックしても見つからないわよ」
J.J.の嘘は、88kgの体躯に似合わず、あまりにも下手だった。
だが、それ以上追求しなかった。
J.J.がいかなる経緯でこのチケットを手に入れたのか。
気にはなるが、悪意はなさそう。
そしてどうしてか、隠したい。
だけど、絶対に出場する必要がある。
何も言わない朴念仁の鉄面皮の眼差しが、雄弁に語った。
ヴィカは、不敵に、そしてどこか慈しむように笑った(Grin)。
「いいわよ。勝手にしなさい。その代わり、私の仕事料は高くつくわよ」
「……ああ、助かる」
J.J.は短く答え、ホッとしたようにハッチへと向かう。
ヴィカは小さくため息をつくと、慣れた手つきで電子チケットをコンソールに読み込ませ、キーボードを叩き始めた。
物理的な量子暗号が施されたチケットであっても、彼女の『CCAT』としての腕にかかれば、裏ルートの認証を通すことなど造作もない。
「はいはい、登録終わったわよ。……って、え? もう受理されたの?」
ヴィカの指先がピタリと止まる。 モニターに表示された規格外の認証ログにある情報を見て、彼女は目を丸くした。
「えーっと、出場待機じ……か………ん……」
エントリーの締め切りまで、残り3時間。
コックピットのハッチの前で、J.J.は振り向いて答える。
「今のうちに飯を買う、今日もレーションでいいか?」
「J.J.! どうなってんの! これ3時間後よ締め切り!!!!」
ヴィカはコンソールをバンッ!と叩いて立ち上がり、振り向いて絶叫した。
「場所どこよ、え、10個隣星系!?
ふざけないでよ、レーン使ってギリギリじゃないの!!」
6畳間の空気が、一瞬で沸騰したように跳ね上がる。
「カノン! エンジンオン!! 飯なんか後よ、バカ!!」
ヴィカの悲鳴にも似た怒号を背に受けながら、J.J.は涼しい顔で操縦席に腰を下ろし、操縦桿を握りしめた。
「ベルト、締めとけよ」
ヴィカが座ってるかどうか、など確認しない。
意識はすでにスティック、そして空だ。
「0230(ゼロトゥスリーゼロ)で星系10個、駆け抜ける。……行くぞ」
バレット・カノンが、星の海の暗闇に向かって、その凶暴な鼻先を向けた。
その瞬間、バレット・カノンの後方から白銀の光柱が迸る。
10分かかるはずの加速を10秒に圧縮する圧倒的な暴力が、二人を星の海へと蹴り飛ばした。
星々が線となって背後に消え、弾丸は「祭り」の待つ空へと放たれた。




