第8話 キノコ狩りの時間
イレギュラー。
ダンジョン内のモンスターが通常とは異なる挙動を示す現象の総称である。
たとえば、そのダンジョンやフロアにいるはずのないモンスターが出現したり。
同じモンスターでも異様に強い個体が現れたり。
そして……固定シンボル型やランダムポップ型のフロアボスが、徘徊型に変わったり。
なんとなく一大事のような響きだが、今回に限ってはチャンスタイムである。
「えー、珍しいね。気を付けないと」
「でけーキノコおばけだろ? ワンチャン出くわしたら倒せん?」
「アリよりはキノコの方がずっといいです……」
みんなの反応ものんきなものだ。
徘徊型ボスは突然エンカウントすることから危険なフロアボスと言われる一方、逃げたり救援を求めることが可能なので、進んで挑もうと思ったらむしろリスクは低いのだ。
「……那月ちゃんの言うとおり、ちょっと狙ってみませんか? ちょうど目撃報告の出てる地点が近いみたいですよ」
警報が出たということは、発見した探索者は徘徊するでかいキノコおばけ――レッドファンガスを倒さなかったということだ。
こうなれば早い者勝ちだ。わたしとしても、うじゃうじゃ群れるアリよりキノコの相手の方がよっぽど精神的に楽である。
「ここから女王アリを目指すまでのエリアにうろついてるかもしれません」
「んー、そだね。せっかくなら探しつつ行ってみよっか!」
よし。
みんながアプリを開いてイレギュラー情報やマップを見ている間に、こっそりと使い魔を生み出しておいた。茂みが深くて助かる。
これで他の探索者を避けつつ、わたしたちのいるところにキノコを誘導できる。
「それじゃあ改めて、出発!」
号令と共に歩き出す。
周囲を探索する……といっても、専門のスキルやギフトを持った人はいないので、いつも通り警戒しているだけだ。
でも、今はそれでいい。
さっき生み出した鷹型の使い魔が、わたしの指示通りにキノコを追い立ててくれている。
「向こうから何か来ます」
これくらいの警告はいいだろう。
わたしの言葉に、茜ちゃんと那月ちゃんはそれぞれの武器を構え、遥香ちゃんはスペルの準備を始める。
わたしも魔法の射線が通る位置へと移動していく。
『ガサガサッ』
茂みをかき分けて現れたのは、赤い笠をもち手足の生えた巨大なキノコ。
正真正銘、本来は定められたポップ候補地点にいるはずの、レッドファンガスだ。
「うわっほんとに出た!」
「支援いくよー! バイタリティ・ブースト!」
「シールドバッシュ!」
茜ちゃんが新たにひらめいたスキルを発動させ、勢いよく突進して大盾をぶつける。それだけでボスの身体が大きくひしゃげた。
「ガスト!」
そこでわたしが唱えたのは、突風を吹かせるスペルの名前。
アリが群れを作って手ごわくなるように、キノコは攻撃を受けると胞子を飛ばしてくるのが厄介なモンスターである。
でも風属性を覚えている魔道士がいれば対策は容易い。味方のいないところに吹き飛ばせばいいのだ。
茜ちゃんだけでなく、回り込もうとする那月ちゃんの邪魔にならないよう、上空へ向けて巻き上げておく。
「ファイア・エンチャント!」
「よしきたー!!」
那月ちゃんの持つ二本の剣が炎をまとう。
遥香ちゃんがひらめいた、能力強化とは別の支援スペル。属性付与だ。
「これが効くんよ、なぁっ!」
効果は歴然。ああいうのは火に弱いと相場が決まっている。
斬ったところが燃え上がり、炭化する。たださすがはフロアボスなのか、それ以上の延焼はしないようだった。
やっぱり水分量が多いのかな?
「だったらこれを。ライトニングアロー」
一筋の雷が突き刺さり、レッドファンガスが動きを止める。こうなればもういい的でしかない。
胞子を無力化され、体当たりも盾でいなされ、哀れなレッドファンガスは完封される形で沈んでしまうのだった。
これはもう相性勝ちである。
「やったね! これで四層に行けるよ~」
「このドロップしたキノコって食えるんだっけ?」
「だいたいそうですけど、たまに毒キノコも混ざってるので一律で売るか鑑定を依頼しないと」
「ちぇー」
ドロップ品を仕分けながらそんな会話をする。一方で茜ちゃんだけが浮かない顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「……その、今回は運が良かったですけど、ここでフロアボス周回をするなら結局アリを相手にするしかないと……思い出しまして……」
その言葉にわたしと遥香ちゃんも同じ顔になったのだった。
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イレギュラーの討伐報告もきちんと済ませ、いい時間になったので今日の活動はここまでということになった。
次からは第四層で活動しようだとか、いや女王アリも突破しておかないととか、そんなことを話している中で遥香ちゃんが「ねえ」と声を上げる。
「今日の分配なんだけどさ。レッドファンガスが落としたキノコ、売るんじゃなくてあたしがもらってもいい?」
「それは別に構わんけど。なぁ?」
那月ちゃんに同意するように頷いておく。茜ちゃんも同様だった。
「ありがと! よかったぁ」
「でも鑑定はしないとじゃないですか?」
「うん、ちゃんと協会にお願いするよ。鑑定代は自分で出すから」
「そ、そんなのいけませんよ!」
そうして話し合った結果。
まずはキノコの鑑定依頼と合わせて全ての戦利品を査定してもらい、査定額から鑑定代を差し引いたうえで、キノコを含めた利益をみんなで等分することになった。
遥香ちゃんは攻撃に参加できないからとどこか遠慮がちなところがあるけれど、あれだけ楽にレッドファンガスを倒せたのは、遥香ちゃんの付与によるところが大きい。
そういうことで納得してもらった。
「そのキノコってそんなに美味いんか?」
「どうかなぁ。食用になるキノコを落とすのはボスだけで、しかも低確率っていうから、珍しいのは確かだけど」
野暮なので口を挟まないでおいたけれど、ぶっちゃけ日本においては長年の品種改良なり何なりで作られた食材の方がはるかに美味しいらしい。
長期間傷まないという特性から、ダンジョン産食材の活用目的も保存食関連が大半を占めている。
それでも普通の食材にはない独特の味わいがあるということで、珍味のような扱いで重宝されている。わたしはあんまり食べたことはないけど。
「ふーん。おれは炊き込みご飯がいいな」
「わたしはシンプルにソテーで」
「わ、私はクリームパスタがいいです!」
もちろんみんな冗談だし、遥香ちゃんもそれはわかっていて、みんなでくすくすと笑う。
「でも、試作できたらみんなに食べてもらいたいな。食材が手に入ったのはみんなのおかげだから」
「一番はお家の人じゃなくていいんですか?」
「そこはほら、味見ってことで。認めてもらうために完成度高めないと」
遥香ちゃんはそう言って、舌を出してウィンクした。
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それからは楽しい日々だった。
卒業前の思い出作りとばかりに、ダン活もそれ以外の遊びも全力だった。
遥香ちゃんのキノコ料理の試食会では、なかなかに美味しい料理を食べさせてもらった。
結局試作のためのキノコが足りなくなって、平日の人の少ない日にレッドファンガスのポップ候補地点を回ること数回。やっと二度目のドロップにありつけてみんなでへとへとになった。
那月ちゃんの弟さんが所属している陸上クラブの大会の応援に行ったりもした。
那月ちゃんは陸上の成績で推薦をもらっていて、たまにクラブへ指導しに行っているらしい。その日の弟さんはいつもより好成績だったとか。
茜ちゃんのところは結構厳しいおうちらしく、家の用事にわたしたちが誘われることはなかった。
それでも集まりには毎回はりきって参加してくれて、ある意味一番楽しそうにしていた。
わたしはといえば、誰かを誘えるような用事などないので、みんなに付き合いつつソロ攻略も進めていた。
先にわたしだけ目標の第六層に行くのもなんとなく違う気がして、今は第五層のフロアボスを周回している。
――そんな、楽しい日々の一方で。
わたしたちのダンジョン探索は、行き詰まりを見せていたのだった。
活動報告にて、蓮見 那月のイメージ画像およびプロフィールを公開しています。
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