第59話 我らJグループ
「……東京舐めてたな……」
わたしは今、秋葉原駅の出口で途方に暮れている。
人、人が多すぎる。
横浜で過ごすようになって、都会の人ごみには慣れたものだと思っていたのに。
横浜駅周りの方が人の絶対数は多いと思うけど、あの辺は広いし各方面に人が散らばっているように感じる。
それに比べて、秋葉原は狭い通りに人がぎゅっと集まっている感じだろうか。
いくら夏休み期間とはいえ、今日は平日のはずなんだけれど。
土日はどうなってしまうのだろうか。明日が怖い。
……まあ、いつまでも日陰で突っ立ってても仕方ない。
スマホの地図アプリを開いて、探索者協会アキハバラ支部の場所を確認し、人の流れに乗って歩く。
今日の目的は、アキハバラダンジョンでの体験ツアーに先立つ、ボランティア参加者への説明会である。
少し歩いて協会支部に辿り着くと、説明会会場を示す看板が立っていた。
あと、剣や杖を構える美少女たちのイラストが描かれたパネルも掲示されている。
これが地域性というやつだろうか。一枚撮っておこう。
看板と、それから案内に立っている職員さんに従い、建物の中を進む。
普段は関係者以外立ち入り禁止になっていそうな区画に足を踏み入れるのは、ちょっとわくわくした。
「えーっと、J4……J4……」
座席は決まっているので、メールで指定された番号を探す。
後方にあったJグループの座席には、まだ誰も来ていなかった。
このツアーは、基本的に四~五人のボランティアからなるパーティで、午前・午後それぞれ二~三人の高校生を引率することになる。
ボランティア申し込みの段階で四人以上のパーティを組んでいれば、そのまま一グループとして扱われる。三人以下の申し込みは、協会側がちょうどいい人数と構成になるようグループに振り分けてくれるらしい。
一人で申し込んだわたしは、Jグループの四人目に振り分けられた、というわけだ。
席に着いて一息つき、周りを見渡してみる。早く着いてしまったから、まだ人はまばらだ。
今いる人たちは、既に揃ったグループメンバー同士で連携を確認したり、近くの人に話しかけては雑談がてら情報交換したりしている。
いくら有償とはいえ、これはあくまでボランティア。半日拘束されるにしてはしょっぱい謝礼しか出ない。
それでも未来の後輩の助けになろうと、説明会が始まるだいぶ前から会場入りする人間は、意識が高いのかもしれない。
同じグループの人が来るまでTwiXでも見ようかなと思ったけれど、どうにも居心地が悪い。
こういう場所にいると、わたしも何か意識の高いことをしなければいけない気分になってくる。人の性というやつだ。たぶん。
とはいえ、ぼっちのわたしにできることは限られているので……フランス語のテキストでも開こうかな。
ダンジョンには無関係だけど、こういうのはやってる感が大事なのだ。
それに、逢坂さんにも勉強サボるなって言われてるし。
——出会ったばかりの頃、第二外国語に何を取ろうかとぼやいていたわたしに、逢坂さんはこう言った。
『ドイツ語とフランス語なら多少は教えてやれる。魔術について学ぶならラテン語は必須だ。近道になるのはどっちかというとフランス語の方じゃないか』
出会ったのが履修登録前でよかったのか、はたまた悪かったのか。
逢坂さんのおかげでフランス語の講義についていけているものの、逢坂さんのせいで一番難しそうな言語を取る羽目になっているとも言える。
まあ、いずれ叩き込まれるラテン語が少しでも楽になるなら、それでいいということで。
試験自体は、ぶっちゃけテキストの暗記で通ると思う。前期はそうだったし、後期もそんな感じだと聞いている。
逢坂さんから文法の基礎は習っているし、今のうちにテキストを頭に入れてしまって、あとは語彙を増やす努力をした方がいいのかな。どうだろう。
そんなことを頭の隅で考えつつ、テキストとノートにかじりついて——
「ね、それ何やってんの?」
突然後ろから声をかけられて、肩がぴくりと跳ね上がった。
……思っていたより集中していたらしい。
「あっ、驚かせちゃった!? ごめんねぇ」
「こら瑠奈、勉強の邪魔しちゃダメだろ」
「そうだよ瑠奈ちゃん。……すみません、お邪魔しちゃって」
振り返ると、同じ顔が二つ並んでいた。
ふわふわとした胡桃色の髪に、可愛らしいアーモンドアイの、お人形のような女の子が二人。
見分けがつくのは髪型と、目の色と、表情くらいだろうか。服装まで色違いのお揃いだ。
たぶん、双子なのだろう。
わたしに声をかけた「瑠奈」と呼ばれている方の子は、セミロングの髪を下ろしていて、興味津々といった顔でこちらを見つめている。
もう一人の方は長い髪を耳の下あたりで結んだおさげ髪で、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
その後方には、燃えるように赤い短髪の、少し幼げな顔の男の子がいる。
……探索者としてここにいる以上、年上の可能性もなきにしもあらずだけど。
「ああいえ、一人の間やろうと思ってただけなので、気にしないでください。……Jグループの人ですよね?」
テキストとノートを閉じて、カバンに突っ込む。
その時に表紙が見えたのだろう、瑠奈さんが「ほぁ……フランス語……」と小さく呟いた。
「あ、うん! あたし、松島 瑠奈! よろしくねっ」
金糸雀色の目をきゅっと細め、白い歯を見せて笑う瑠奈さんが、わたしの手をとってぶんぶんと振る。
人懐っこくて元気な人だなぁ、とわたしは早くも好感をもってしまった。
「こっちがねぇ、双子の妹の——」
「松島 羽奈です。よろしくお願いします。……騒がしくってごめんなさい」
やっぱり双子だったらしい。
鶯色の目を蕩かせるような笑顔は、瑠奈さんとは全然違う。顔立ちは全く同じに見えるのに、不思議なものだ。
……それにしても、今何か引っかかったような?
気のせいかもしれない。
「んで、あっちがユッキーね! うちのリーダー!」
「いや、ちゃんと名乗らせろってば。天橋 幸也です、よろしく」
そして、最後がこのグループ唯一の男子。
失礼ながら、「ゆき」という響きが炎みたいな髪とちぐはぐで、逆に名前を覚えやすいかもしれない……などと思ってしまった。
「よろしくお願いします。柊 千世です」
こちらも自己紹介を済ませる。
J1から始まり、天橋くん、瑠奈さん、羽奈さんの順で席に着いた。
羽奈さんとは反対側の隣席には席札がないから、Jグループはこの四人で全員なのだろう。
「千世ちゃ——待って。あたしらってタメ……だよね? ですよね?」
「瑠奈さぁ……」
急におろおろし始めた瑠奈さんと呆れかえる天橋くんに、思わずくすりと笑いが零れた。
「タメかはわかんないですけど……大学一年です」
「よかったぁ! こっちもみんな大学一年! タメだね!」
わたしはわたしで、天橋くんで良さそうなことに安堵する。
いいパーティと一緒になれて何よりだ。
「でさ、千世ちゃんも普段アキハバラ潜ってんの?」
「いえ、実は初めてで」
「そうなんですか?」
目を丸くしている羽奈さんに頷いてみせる。
わたし「も」ということは、向こうはアキハバラがホームなのかと思って聞いてみたら、どうやらその通りであるらしい。
「デビューした時からずっと潜ってるかんね!」
「そういうわけだから、明日は頼りにしててよ」
そう言ってもらえるとだいぶ気が楽だ。
……正直、半ば勢いで申し込んでしまったので、同じグループの人と上手くやれそうになかったらどうしようかと心配だった。
この調子なら、杞憂で終わりそうだ。何よりである。
「みんな、そろそろ時間みたい」
羽奈さんの言う通り、気づけば周りのざわめきは収まっていた。みんな自分の席に着いている。
目立った空席は見当たらないし、遅刻することなく全員来ているようだ。
そして、開始時刻である十時になると同時に、前方の扉から協会職員さんが入ってきた。
「えー、皆さん、本日は暑い中お集まりいただきありがとうございます」
さて……天橋くんたちに頼りきりにならないよう、説明は漏らさず聞いておくようにしよう。
わたしだって、明日はいいところを見せておきたいのだから。




