第60話 アキハバラへ
「いやぁ、じーっと話聞いてたら肩凝っちゃった!」
大学の講義と同じくらいの時間のはずだけどなあ……と思うも、何も言わないでおく。
本番前日という急なスケジュールだからか、説明会では思っていたより多くのことを求められはしなかった。
参加者である高校生たちの安全を最優先とすること。
ダンジョン探索者として模範的に振る舞うこと。
緊急時にはアキハバラ支部へすぐに連絡すること。
あとは、どの地点をどういう順番で回るかはグループごとに決まっているので、その確認だとか、そんな感じである。
各地点で解説するための台本とか、そういうのを覚えないといけないと思っていたけれど、そこまで厳密にやる必要はなさそうだ。
「——柊さん、ちょっといいかな?」
配られた資料をカバンにまとめていると、天橋くんが声をかけてきた。
「もし柊さんが良ければなんだけど……これから軽くお昼でも食べてさ、そのあと僕らと一緒にアキハバラダンジョンに潜ってみない?」
その提案に、思わず目を瞬かせてしまう。
願ってもない申し出ではあった。
いくら簡単な第一層とはいえ、初めての場所にぶっつけ本番というわけにはいかないから、このあと潜ってみようかと思っていたのだ。
そして、天橋くんの後ろにいる瑠奈さんと羽奈さんの目の輝きを見たら……うん。
断るという選択肢はなかった。
「ぜひ、お願いしたいです」
「やったーっ、決まりぃ! それじゃ早速お昼行こ!」
「どこにしましょうか! カフェ? ファミレス?」
……楽しそうにはしゃぐときの笑顔はそっくりなんだなあ。
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近くのカフェでお腹にものを入れてから、わたしたちはアキハバラダンジョン前に戻り、ゲートを潜った。
平日の真っ昼間という時間帯だからか、順番待ちの必要はなかった。
「今更だけど、柊さんが装備を用意しててよかったよ」
魔道士のローブを羽織った天橋くんがへにゃりと笑う。
「あたしは最初からわかってたもんね。千世ちゃんのアウター、HELVEの新作でしょ?」
「おお……お目が高いですね」
「ふふ~ん!」
わたしが家から着てきたこのアウターがダンジョン用のローブであることを、瑠奈さんは見抜いていたようだ。
装備にこだわりはないというか、特に耐久性能を求めないわたしは、私服として扱えることを前提としたメーカー製の現代風ローブを愛用している。
HELVEはサイバーパンク系のデザインを得意とするブランドで、最初に買ったローブもそこで選んだ。
ただ……最初に買ったローブは、夏場に着るには向かない。
暑さは魔法でどうにでもなるとしても、人目を引いてしまう。
そういうわけで奮発して新調したのが、今着ている薄手のローブ——五分袖のフード付きコートである。
「私と瑠奈ちゃんはどうしても準備が要るけど、ユキちゃんも柊さんみたいに家から着てこられるやつ買ったら楽なんじゃないかな?」
「僕はこれが気に入ってるんだよ。かっこいいじゃん、いかにもって感じでさ!」
瑠奈さんと羽奈さんはといえば、元から着ていたガーリーなワンピースの上から、要所を革鎧で覆っている。
二人とも腰に剣を差していて、片腕には小さな盾をつけていた。
……逢坂さんもこういうので攻撃を受けるべきなんだよなぁ。腕じゃなくて。
一方天橋くんは、ファンタジー小説に出てくる『魔法使い』のような出で立ちだった。
これを外で着ていたらただのコスプレにしかならないだろう。そもそも今の時期にこんな恰好してたら熱中症になる。
「瑠奈さんと羽奈さんが軽戦士で、天橋くんが魔道士……で合ってます?」
「うん。二人が前衛で、僕が後ろからスペルで攻撃って感じ」
双子だと戦い方まで同じになるのだろうか?
コンビネーションには期待できそうな気がする。
「そういう千世ちゃんは……んー?」
瑠奈さんが首を傾げている。
わたしが着ているのがHELVEのローブだと気づいたということは、恐らくこれが魔道士向けのラインだということも知っているのだろう。
一方、今わたしが腰に差しているのは、魔道士の杖ではなく——レイピアである。
「ああ、わたし……」
ちょっと胸を張ってみせつつ、探索者ライセンスを掲げる。
「魔道戦士なんです」
そこには、「Class C Explorer」の文字と——剣と杖が交差したマークが刻まれていた。
新しくCクラスのライセンスが発行されるのに合わせて、魔道士から魔道戦士に転向すると、協会に届出を出したのだ。
これは別に珍しいことではないらしい。軽戦士と斥候とか、わりと境界が曖昧だし。
「えっ! じゃあ何でもできるってこと!?」
「何でもはちょっと。近づかれても平気な攻撃魔道士、と思ってもらえれば」
実際、今回わたしは基本的に魔道士として振る舞った方がバランスがいいだろう。
天橋くんの護衛も兼ねると思えば、なおさらちょうどいいはず。
「じゃ、ユッキーのことは千世ちゃんに任しとけば安心だねぇ」
「もう、瑠奈ちゃん。私たちもちゃんと二人を守らなきゃダメだよ」
そんなやりとりに苦笑しつつ、四人でアキハバラダンジョン第一層を進む。
ダンジョンは基本的に、天気なんかの概念はあるけれど、外の環境の影響は受けない。
せいぜい昼夜が一致しているくらいだろうか。みなとみらいみたいに昼夜関係ないダンジョンもあれば、常昼とか常夜のダンジョンもあるらしいけれど。
だから、たとえ外が灼熱地獄だったとしても、ダンジョンに潜ってしまえば——
「はーっ、やっぱ森はいいね! 森林浴!」
……こんな感じで、もはや避暑地扱いである。
アキハバラダンジョンは森林フィールド型で、奥の階層に進むほど木立が茂ってはいくものの、基本的に過ごしやすい環境が続くらしい。
規模自体もそこまで大きくなく、安全なツアーにふさわしいダンジョンと言える。
まあ、それでもモンスターはいるわけだけれども。
「あそこ」
天橋くんの視線の先では、大きめのダンゴムシが一匹うごうごしていた。
……フロアボスの一体はあれがさらに巨大化した感じってこと? やだなぁ……
「この距離にいても襲ってきませんね」
「あいつらはね。こっちからちょっかい出さなきゃおとなしいんだ」
非好戦的なモンスター、ということだろう。確かにダンゴムシって噛んでくることはないし。
その代わり、ちょっと突いた程度で丸くなって体当たりを仕掛けてくるらしい。
「他にはどんなモンスターがいるんですか?」
「タネを飛ばしてくる植物型と、大きめのネズミ型のがいるよ」
ダンゴムシ以外はこちらを見かけ次第襲ってくるらしい。
いずれも殺傷力はそこまででもなく、まさに初心者向けダンジョンといった具合、というのが天橋くんの評である。
「どいつも柊さんにはどうってことないと思うけど、とりあえず一通り戦っておこっか」
天橋くんの言葉に頷くと、向こうも頷き返してくる。
ダンゴムシからじゅうぶんに距離をとったところで、天橋くんが杖を掲げた。
「ストーンバレット!」
小さな礫が現れて、ダンゴムシの背を小突くように掠める。
まともに当てるとそれだけで倒してしまいそうだから、わざと外したのだろう。
ダンゴムシは一瞬よろけたかと思うと、すぐに丸くなって、ごろごろとこちらに向かって転がってきた。
ただ、そのスピードはそこまで速くない。
「スペルいきます」
虫を直接攻撃するのは嫌なので、杖のようにレイピアを掲げる。
「キャタラクト」
ダンゴムシの進行方向に、魔法で小さな滝を生み出す。
哀れなダンゴムシは案の定、滝に突っ込んでしまった。
本来は上から大量の水で押しつぶすためのスペルなんだろうけど、突進してくる敵への足止めにもなると、ダンジョンフォーラムで語っている人がいたのだ。
水属性スペルじゃないただの水でも効果があって何よりである。
動きを止めたところで追撃のウィンドカッターを……と思ったのだけれど、どうやらそうするまでもなかったらしい。
滝が消えるのと同時に、ダンゴムシは塵となって消えてしまった。
「やったね!」
瑠奈さんとハイタッチ。羽奈さんもぱちぱちと小さく拍手をしてくれた。
「うん、さすが。バッチリだね」
「ありがとうございます」
「他の二種類もどんな感じか見てみて……せっかくだから、どれか一体でもフロアボスを倒していく? ツアーの予定にはないけど、質問されたら答えられるように」
その申し出もまた、断る理由はなかった。
「……ダンゴムシ以外がいいですね」
「あー……うん、そうしよっか」
「千世ちゃん虫ダメなタイプ? 羽奈と一緒だねぇ」
「助かったぁ……」
返事は三者三様だったけれど、わたしも含めて全員苦笑いしていたのが、なんだかおかしかった。




