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幕間3-2 支援魔道士は口を噤み

 最初に敏捷性(びんしょうせい)強化の支援スペルを。

 それが、あたしが正光先輩のパーティに入ってからの約束だった。


「アジリティ・ブースト!」


 そう宣言した次の瞬間、淡い光がパ(・)ー(・)テ(・)ィ(・)全(・)員(・)に降り注ぐ。

 同時に、正光先輩、柚希さん、沙苗さんが素早い動きでフロアボス——ラーヴァコロッサスを包囲した。


「サンキュー遥香!」


 振り向きざまに先輩が笑いかけてきたから、思わず胸が高鳴(たかな)ってしまう。キャストが途切れなくてよかった。

 ……やっぱり、好きだなあ。


「っと……インテリジェンス・ブースト!」


 次に、スペル威力を上げる支援スペルを唱(とな)える。


「ライトスフィア!」

「アイシクルアロー」


 隣にいるひなたさんとヒルデさんのスペルが、ラーヴァコロッサスの頭上から降り注いだ。


 先輩も何かを唱えたようで、地面が大きく盛り上がって足元を掬(すく)う。

 よろけるラーヴァコロッサスの死角から、沙苗さんが次々に矢を放っている。


「いい感じだよ~!!」


 柚希さんが後方まで届く声で褒めてくれた。

 ひなたさんはほっと息をついて、ヒルデさんは無表情のまま親指を立てて返す。


 ……今褒められてるのは、この二人だよね。


「——ストレングス・ブースト!」


 仕上げの筋力強化のスペルの光が、パーティ全員を包む。


「きたー! これこれ!」


 柚希さんが大きく跳び上がって、身体をひねる。

 それを掴(つか)もうとラーヴァコロッサスが手を伸ばしたけれど、ダメージのせいで動きが鈍(にぶ)い。柚希さんの方が早かった。


「レッグスラーッシュ!!」


 回し蹴りとともに、巨体を丸ごと薙(な)ぐような衝撃が放たれるのが見えた。

 胸元に現れたのは、赤く光る球体。


「アイシクルランス」


 ラーヴァコロッサスの弱点——核を目掛けて放たれたヒルデさんの氷の槍が、まっすぐに突き刺さる。


「とどめだ!!」


 今度は先輩の足元の地面が大きく盛り上がる。

 その勢いのまま、核の目の前まで跳び上がって——氷の槍をさらに押し込むようにして、剣を突き刺した。


『————!!』


 断末魔のような、大きな岩が崩れ落ちるような。

 そんな大きな音を響かせて、ラーヴァコロッサスが塵(ちり)になっていく。


 先輩は柚希さんとハイタッチして、沙苗さんの肩を叩いて。

 そして、こっちに振り返って笑う。


「やったな!」


 その笑顔は、高校生の頃と変わらず眩(まぶ)しくて。

 あたしも、あの頃と同じように、目を細めて笑い返した。



 ---



「そういえば、さっきのボス戦で新しいスキルをひらめいたんだ」


 次のフロアに向かう途中、先輩がそんな話を切り出した。


 魔道戦士だからなのか、単純に才能なのか、先輩は結構な頻度(ひんど)でスキルやスペルを覚えている。

 柚希さんたちが盛り上がる中、あたしの胸はずんと重くなっていた。


 ——進学後のあたしと那月ちゃんと茜ちゃんは、それぞれの事情もあり、毎回三人揃ってダンジョン探索とはいかなかった。


 そんな中、あたしが参加できるとき、正光先輩は周回するよりも先の階層に進むことが多い。

 あたしたちもずいぶん成長したと思うけれど、やっぱり主力は先輩たちだ。

 だから先輩たちを強化できるあたしがいる方が先へ進むのに効率がいいのだと、沙苗さんは言っていた。


 ある意味、経験値稼ぎの面で贔屓(ひいき)してもらっているということでもある。

 それなのに……あたしは一向に上位のスペルを覚えられていない。

 那月ちゃんや茜ちゃんは、もう上位のスキルを使えるのに。


 一度、そのことで沙苗さんに相談したことがある。


 沙苗さんによれば、スキルやスペルは必要性に応じてひらめくもの、という説があるらしい。

 あたしが上位のスペル——一度に複数人を強化するフィールド系のスペルをひらめかないのは、あたしにそれが必(・)要(・)な(・)い(・)から。

 だから気にすることはないと、そう言ってくれた。


 納得はできるけれど……負い目はどうしても消えなかった。


「——さて、次はいよいよ大ボスフロアです。気を引き締めていきましょう」


 沙苗さんの言葉に顔を上げる。

 そういえば、もうそんなところまで進んでたんだった。


「……なんか、あたしばっかりこんな経験させてもらっちゃって、他の二人に申し訳ないですね」


 思わず口をついて出ていた。

 でも、あたしの正直な気持ちでもある。


「まあ……そうだよなあ。俺たちは遥香がいて助かってるけど、どうせならみんなで稼(かせ)ぎたかったよな」


「あ、その、責めてるとかじゃなくて」


「わかってるって。……うーん、ゲームだとバトルに出てなかったりパーティに組んでない控えのキャラにも経験値入ったりするんだが。そういうアイテムってないのかな」


 先輩の呟(つぶや)きに、目を瞬(またた)かせる。


「たとえば今日来られない那月や茜にも、俺たちが戦った分の経験値が入ったら便利じゃないか? まだ二人には危ないフロアに行くときでもいいな」


「正光さん、それはちょっと……都合が良すぎるんじゃないでしょうか」

「ねー。そういうのゲーム脳っていうんでしょ」


「うっ……い、言ってみただけだから。ヒルデもぶんぶん頷(うなず)くのやめてくれ」


 これから大ボスフロアだというのに、先輩たちの雰囲気は軽かった。

 あたしの言葉もそれっきりで流されて、少しほっとする。


 ……もしそんなアイテムがあったら、安全な場所にいながら経験値稼ぎができるということになる。

 あたしは自分だけ安全に経験値稼ぎするよりも、先輩と一緒に探索する方がいいなぁと……そう思った。



 ---



 深層レベルともなれば、探索者協会の人がレイドを管理するということもない。

 みんな自己責任で大ボスフロアに突入していく。


 そういうわけで、あたしたちも一パーティだけで、この大ボス——インフェルノリザードと対峙していた。


「ストレングス・ブースト!」


 アジリティ・インテリジェンス・ストレングスの支援スペルはこれで使い終わった。

 それでも、さすがは超強力な大ボスだからか、まだまだ戦闘は長引きそうに見える。


「もー、あっつい!」

「長期戦は不利ですね……」


「……溶ける……」

「ヒルデちゃんしっかり……!」


 このハコネダンジョンで戦う敵は、モンスターだけじゃない。

 火山のようなフィールドが、じわじわとあたしたちの体力を削っていく。

 それは大ボスフロアでも例外じゃなかった。


 あたしが使える属性付与のうち火属性は論外で、風属性も別に効果的なわけでもない。

 残った手段は——バイタリティ・ブーストを唱えることだけ。


 盾役の柚希さんが避けて引き付けるタイプなのと、速攻で片を付けることが多かったから、今まではあまり使ってこなかったけど……使うなら、今だと思う。


「——バイタリティ・ブースト!」


 淡い光がパーティ全員を包み込む。

 効果はすぐに表れた。


「はーるんナイス~!!」

「助かる!」


「……がんばる」


 前衛のみんなの動きに力が戻った。ついでにヒルデさんも。

 

 ……そこからは、反撃の流れだった。


 長い戦いの末に、先輩の一撃がインフェルノリザードの首を落として——ようやく、決着がついた。


「…………」


 みんなが息をついて、柚希さんが座り込んで、ヒルデさんが黙って水筒を傾(かたむ)ける中。

 あたしの頭の中では、それどころじゃないことが起きていた。


 ——オール・ブースト。


 全能力を一度に強化する。言うまでもなく、今までのスペルの上位互換。

 聞いたことのない支援スペルの名前と効果が、あたしの頭の中に流れ込んできていた。


 でも、このスペルのヤバさはそんなものじゃない。


 普通、支援スペルは戦闘が始まってからじゃないと意味がない。そして、戦闘が終わったら効果は消えてしまう。

 一方、このオール・ブーストは——戦闘状態に関係なく効果が持続する、らしい。


「……遥香? どうしたんだ、ぼうっとして」

「あ、いえ! 何でもないです」


 もし、こんなスペルをひらめいたと伝えたら、みんな喜んでくれると思う。

 先輩はきっと褒めてくれる。


 でも——オール・ブーストの仕様を知った正光先輩は、なんて言うだろう。


 まず、オール・ブーストの効果中に戦ったぶんの経験値があたしにも分配されるかどうかを確かめると思う。

 それがフロアボス戦なら、あたしにも倒した判定が降りるかどうかまで。


 結果によっては……あたしは、パーティに要(い)らなくなる。


 たぶん、先輩ならこう言うんじゃないかな。

 「俺たちが戦ってくるから、遥香は安全なハウスで待っててくれ」って。


 ……そんなの、考えたくもない。


 もちろん、「それでも一緒に戦いたい」って言えば、先輩は聞いてくれると思う。悪気がないのもわかってる。

 けれど……あたしがそばにいなくてもいいと、そういう発想があるのだと、知らされてしまうだけで耐えられない。


「そうか? 熱中症とかじゃないよな?」

「あたしは先輩たちと違って動いてないですし、何ともないですって」

「でもヒルデは……」

「あっ……えっと、ほら、日本の夏は厳しいから」

「ここはダンジョンだぞ」

「そうでした」


 もし、あたし以外にこのスペルをひらめいた人がいたとして、きっとその人も秘密にしていたんだと思う。

 正(・)光(・)先(・)輩(・)の(・)ギ(・)フ(・)ト(・)と(・)同(・)じ(・)。こんなものが世間に知れたら、自分の探索が立ち行かなくなる。

 フロアボス戦前にバフがほしいとか、そういう人たちが押しかけてきてしまう。


 けれど、あたしはそれよりも……こうやって、先輩と他愛のない話をする時間を失いたくないから。


「区切りいいしさー、今日はもう帰ろうよぉ。ウチ温泉入りたい」

「賛成です。ヒルデさんはもうすっかりお疲れのようですし」

「無理。暑い。帰る」

「ヒルデちゃん、お水もっと飲んだ方が……」


「はは、そうだな。えっと確か、那月と茜は明日から来れるんだよな? ダンジョンもいいけど、せっかくの旅行もみんなで楽しもうぜ」

「……はいっ」


 ——このスペルのことは、誰にも言えない。




 ★★★


【Tips: 支援効果増強】

 ダンジョン探索者の傾向とギフトの効果が食い違う事例は存在しない。『支援効果増強』も例に漏(も)れず、支援型の魔道士・魔道戦士にしか発現しないギフトである。

 ただし、『支援効果』と名はつくものの、効果対象は支援スペルに限らない。ギフト保持者による一時的なバフ——魔道戦士の自己強化系スキルや、強化ポーションなどの消費アイテムの投与——の全てに効果を発揮する。

 このギフトは、使用者によるバフ効果を上昇させるのはもちろん、バフの効果時間を延長することも確認されている。

 光属性や闇属性の使い手にも、『回復効果増強』『妨害効果増強』といった同様のギフトの持ち主が少なくない。

これにて第3章完結です。

ここまでお読みいただきありがとうございました!!


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ここ最近長引く風邪に苛まれており、第4章にじゅうぶんなストックがまだないので、少しだけお休みをいただきます。

皆様も体調にはお気をつけて!

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