幕間3-1 支援魔道士は杯を傾け
「……はい、ここまで。それでは出発してください」
協会職員の声を合図に、みなとみらいダンジョン二十二層ボス——鎧と大剣を装備した巨大な骸骨、スケルトンナイトの領域に踏み込む。
今回は他の挑戦者と合わせて十人のレイドだ。
俺たちの探索は今日が最終日だというのに、固定シンボル型のフロアボスは相変わらず混雑していた。
それでも、一昨日あんなことがあったからなのだろう。
岩本は昨日、自分から「朝早く起きてボス待ちに並ぶぞ」と言い出したのだ。
そんなわけで、俺たちのパーティは幸い長時間待たされることなく、スケルトンナイトに挑むことができた。
「バイタリティ・ブースト!」
「ッラァ!!」
開幕一番、岩本に向けて杖を振るう。
それを受けた岩本もまた、真っ先にスケルトンナイトへと突っ込んだ。
「へっ、軽いじゃねえか……!」
俺たちの前に並んでいたパーティは、何度もスケルトンナイトを周回している経験者らしい。その中には岩本と同じ重戦士もいる。
それでも盾役という花形は誰にも渡さないというように、岩本が吼えた。
事実……黒鉄の鎧を身にまとった岩本は、仲間の贔屓目を抜きにしても、この中で一番盾役にふさわしいと思う。
「ストレングス・ブースト!」
他の戦士や斥候が追い付き、魔道士が最初のスペルを放つなか、俺は二回目の支援スペルを岩本に重ね掛けした。
あとは早瀬にアジリティ、火野にインテリジェンスといったところか。
その後は他パーティに手を回そうか……とは思うものの、その前にスケルトンナイトが詰んでしまうかもしれないな。
「こン——のッ!!」
「ファイアボール!」
スケルトンナイトの大剣を、岩本の斧が弾く。
打ち上げられた手に向けて火野がスペルを、早瀬がナイフを撃ち込んで、スケルトンナイトは大剣を手放してしまった。
「いいぞ!」
「畳みかけろー!」
武器を持った戦士や斥候が群がり、鎧の下の核を狙う。
魔道士や弓使いが狙うのは頭だ。頭蓋骨の中にも核がある。
「あっ」
首元にクリーンヒットした土の槍が、スケルトンナイトの頭を弾き飛ばした。
……うーん、これはよくないなあ。
「うわっ頭だけで飛んでんだけどこいつ!」
「誰だ首落としたの! 面倒になるだろ!」
「ごめーん!!」
核が二つあるというのはこういうことだ。
スケルトン系は頭と身体が独立している。
「はは……アジリティ・ブースト!」
早瀬に向けて敏捷性強化のスペルを唱えると、俺が何か言うまでもなく早瀬は頭の方を追いかけ始めた。
身体の方は岩本が抑え続けている。
戦士たちの一部が飛び回る頭から俺たち魔道士を守るように動き、攻撃魔道士や弓使いは頭を撃ち落とすべく狙いをつける。
このレイドで唯一の支援魔道士である俺は、一番必要そうなところに向けて支援スペルを飛ばす。
火野を後回しにしたせいで後で怒られるだろうけど、まあ、仕方ないってことで許してほしい。
「こういうとき、上位スペルがあると楽なんだけどな……」
スペルの合間に愚痴が零れた。
一度に複数人にバフをかけられる、フィールド系のスペル。俺もそろそろ覚えたい。
たとえば、開幕にバイタリティ・フィールドを使えば、全員に対して不意の反撃の危険を減らせるだろう。
……まあ、そうなったら「最初しか出番のない支援魔道士」っぷりが加速するんだけどさ。
支援魔道士の仕事はできるだけ早い段階で仲間にバフをかけること。
それが終わったら、できることはもうない。
たまに途中で有利属性が変わるボスなんかがいて、属性付与を切り替える需要もあるけれど、そういうのはレアな例外だ。
何より、俺のギフト。戦闘が始まって最初の一回だけスペルのキャストがいらなくなる『先制キャスト破棄』。
このギフトはそんな現実を如実に表していて、それが嫌になったこともあるけれど——
「あーーっ、火力不足! 与田いい加減アタシにもバフ回してよ!」
「火力以前に当たってないじゃんか!」
「早瀬うるさいっ!」
「ファイアボールよりフレイムウィップの方がいいと思うぞ! ……インテリジェンス・ブースト!」
——でも、この一振りで仲間が活躍してくれるなら。
「よぉし、身体倒したぞ!」
「首の方どうなってる?」
「きゃーっ、今の見た!? アタシが叩き落としたの、アタシが!」
「わかったってば」
やっぱり、悪くない仕事だよな。
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「かんぱーい!」
無事二十二層を突破した俺たちは、適当にモンスターを倒しつつ、二十一層のオベリスクまで戻って今日の探索を終えた。
打ち上げ会場は早瀬行きつけの居酒屋だ。
「いやぁ一時はどうなるかと思ったけどさ、目標の二十二層はクリアできたわけだし。終わりよければ全て良し!」
ジョッキを掲げる早瀬の「一時」が何を指しているかは、わざわざ確認するまでもない。
二日前のイレギュラーボス……あの経験はそう簡単に忘れられるものじゃない。
あの時の選択について、蒸し返すことはしない。
誰の意見が正しかったとか、もし違う選択を取っていたらとか……そういうのはもう終わったこととして、俺たちの中で決着がついている。
それはそれとして、あの日共闘関係にあった二人については、やっぱりみんな気にはなっているんだろう。いろんな意味で。
「なー与田、柊ちゃんの連絡先教えてくれよ」
「教えるも何も知らないけど」
「はぁ!? 普通は『また手伝うから連絡してよ』とか言って連絡先交換するもんだろ!!」
そんなこと言われても……
というか、仮に連絡先を貰ってたとしても、勝手に他人に教えられるわけないと思うんだが。
「早瀬よぉ、あのにーちゃんが隣で睨み効かせてる女によく手ぇ出そうと思えるな」
「いやいや、あの二人は別に付き合ってるわけじゃないって。俺にもワンチャンあるね」
「ないでしょ。柊ちゃんあんたのことウザそうにしてたし」
「…………」
火野にばっさりと切り捨てられて、早瀬はがっくりと項垂れてしまった。
まあ……そう表現されても仕方ない反応ではあったな。
「てかさ、結局あの二人どういう関係なのよ」
鮮やかなカクテルの注がれたグラスを揺らしながら、火野が身を乗り出してきた。
「そういうのも聞いてないから」
「えー? 与田は気にならなかったわけ?」
「いやだって、失礼だろ」
「ふーん、気にはなったんだ」
……一本取られた。
ふと脳裏に過ぎったのは、口元に人差し指を立ててくすくすと笑う柊さんの姿。
……そりゃあ、ちょっとは気になる。ちょっとは。
「親戚とか?」
「それだったら苗字で呼ぶのおかしくない?」
「確かに」
「アタシの一押しはね、お嬢様とボディガード説」
早瀬と火野が盛り上がり始めた。ただし、よくない方向に。
「柊ちゃんってなんていうの、浮世離れ? した感じだし。これでしょ、これ」
「どこの世界に斧振り回すお嬢様がいるんだよ」
「ダンジョンならお嬢様だろうが奥様だろうが武器振り回しもするでしょ。じゃあ早瀬は何だと思うのよ」
腕を組んで天井を睨みながら考え込む早瀬を、岩本が鼻で笑った。
……今、岩本が大皿からお前の分の唐揚げまで持ってったぞ。気づけ早瀬。
「——ひらめいた。逢坂さんが実はどっかの御曹司で、柊ちゃんは住み込みのメイドさん」
「アタシのを逆にしただけじゃないの」
「全然違うから。メイドさんはロマン——あれ、唐揚げ俺の分は?」
テーブルを見回すも、既に早瀬の唐揚げは岩本の腹の中である。
……もう一皿頼んでやるか。
あと、お嬢様とボディガードだろうと御曹司とメイドだろうと、雇い主は苗字で呼ばないと思う。家で雇ってるんだろうし。
「くだらねえ」
黙って飲み食いしていた岩本が、ようやく口を挟んだ。
「だってさぁ、毅は気にならないの?」
「ならねえよ。大体、ここでごちゃごちゃ言って答えがわかるわけでもないっつうのに」
至極真っ当な意見だった。
「そうだぞ。恩人に変な勘繰りするのやめろよな、二人とも」
「でも与田だって気になるって言ってたじゃん」
「言ってはないだろ」
……もし見ていたら格好の材料にしていただろうから、早瀬と火野は知らないと思うけど。
俺は見ていた。
第二十層のマザーを倒した直後、柊さんが躊躇なく逢坂さんの胸に飛び込んで、逢坂さんがそれを抱き留めるのを。
その時は二人のことを全く知らなかったから、家族かカップルか、そういう身内関係だと思っていた。
今はわからない。わからないけれど……少なくとも、他の誰かの入る隙がないことだけは確かだろう。
——そして、これを二人に教えてやるつもりはない。
「そんなに知りたきゃ次会ったときに聞けよ」
「確かに! そんで今度こそ連絡先ゲットな!」
「はいはい」
早瀬はそう言うけれど、正直また会えるとは限らない。
おそらく向こうもみなとみらいダンジョンがホームだとは思うけど、俺たちがこうやってたまにしか集まらないのに対し、あの二人は先へ進んでいくだろう。
追い抜かれてしまうことは間違いない。
そして、それを良く思わない奴が、ここに一人。
「——あいつらのことは置いといて、だ。次はいつ潜る?」
「もう次のこと考えてるのかよ。打ち上げは始まったばっかりだぜ?」
「ちゃんと本調子に戻ってからにしなさいよ」
そんな三人のやりとりを聞きながら、俺は手元のウーロン茶をひと口傾ける。
今日は車で帰るから、酒は飲めないけれど……こいつらの軽口を肴にするだけで十分だった。




