第53話 次への一歩
初日と同様、恙なく——つまり、わたしの野望であるテント内トークはまたも叶うことなく——ダンジョンで夜を明かし、翌日。
「どうでした?」
「……駄目だな。単一能力向上の術式はすぐ崩壊する。属性付与もだ」
「ああ……」
落胆がなんとも言えない声となって口から零れ落ちた。
支援スペルと同じように、戦闘に入ってから術式を組み立てれば効果が戦闘終了まで続くのではないか。
そんな仮説は見事に打ち砕かれたわけである。
「……やはり、ただ術式を再現するだけじゃ、スペルと同じ現象は起こせないのかもな」
「そうですか……」
「スペルとして宣言することに、術式を構築する以外の意味がある可能性がある」
そういえば、そんな感じのことを昨日ぶつぶつ呟いていたような気がする。
「……もしかして、今度はわたし、スペルを唱えてるときの与田さんに触ってなきゃいけないってことですか?」
「いや。……スペルやスキルの宣言と共に、ダンジョンと探索の間で何が起こっているか。興味はあるが……おそらくそれは『ダンジョン側が定めたルール』だ。そんなもんに従ってやる義理はない」
経験値は等分されるだとか、フロアボスを倒さないと先に進めないだとか、ダンジョンにはいかにもゲーム的な『ルール』が存在する。
能力向上スペルの構造が四つセットになっているのも含めて、明らかに何者かの意思によってデザインされたシステムだ。
支援スペルは戦闘に入ってからでないと効果が続かないというのも、確かにその一つではあるのだろう。
「それに、原因にも大方の目星はついている」
「そうなんですか?」
「ああ。……支援魔道士が戦闘不能になったとき、そいつによる支援スペルの効果も切れるのは知ってるか?」
今初めて知った。
けれど、それで話の腰を折るのもどうかと思うので、とりあえず頷いておく。
「だから持続性のあるスキルやスペルに関しては、使って終わりじゃなく使い手が一定時間維持し続けているんじゃないか——そういう説がある。戦闘終了で効果が切れる理由にもそれで説明がつく」
「なるほど……」
「属性付与はともかくとして、単一能力向上の術式構造は不安定が過ぎる。これを対象に定着させ続けるなら、継続的な魔力の供給が必要なのは道理だろう。……で、こいつにそんな手間をかける価値はない」
そう言いながら逢坂さんはノートを取り出して、あるページを指し示した。
昨日逢坂さん自身が描き、そして非戦闘時でも一時間の効果を示した、全能力向上の術式だ。
「昨日の実験の結果は覚えてるな?」
「はい。一か所欠けてても、一時間もたずに消えちゃいましたよね」
「そうだ。少なくとも能力向上の術式に関しては、安定性が物を言うのは間違いない」
昨夜の夕食後、四種類の能力向上術式のうち一つを欠けさせた術式も試してみた。
結果は今言った通り。ただし、単一能力向上の術式よりは長続きした。
「術式を安定させりゃこの問題は解決する。そして、俺たちはその方法を既に知っている」
それが、最初から四種類全てを合体させた、全能力向上の術式というわけだ。
「おそらく、敵に出くわす前に使おうが後に使おうが、こいつの効果が戦闘終了で切れることはないはずだ。……次のモンスターを連れてきてくれ」
「了解です」
ノートを預かってから使い魔に指示を出し、わたしたちがいる袋小路にモンスターを誘導する。
相変わらず連休中は人が多いうえ、ここは第十層をクリアした人のスタート地点である第十一層。
それでも、フロアボスや階段までのルートから外れた通路にはモンスターが残っているのがありがたい。
「……さっきの理屈で言うと、属性付与の術式も、魔力を流し続ければ使えるってことですか?」
「検証次第だが、おそらくはな。だが、そうするくらいなら初めから属性武器を用意しておいた方がいい。……属性武器がぶっ壊れたときの保険ってとこか」
その言葉に、逢坂さんと出会った日のことを思い出す。
属性武器が壊れてしまったせいで、スペクターに一切攻撃できず、一方的に傷を負って死にかけていた逢坂さん。
……この術式があれば、もうあんなことは起こらない。
「んな顔すんな」
「わっ」
頭をぐしゃぐしゃとかき回される。
思わず少し前につんのめってしまった。
「なにするんですか!」
「昨日お前も俺にやったろ」
「もっと優しくしましたー」
「はいはい。……そら、来たぞ」
その言葉通り、曲がり角の先から使い魔に追い立てられたモンスターが一体現れる。
既に術式の構築を終えていたらしい逢坂さんは、一息でモンスターの目の前まで踏み込んだ。
スキルの宣言がなかったのに、それに比類するほどのスピード。
そして、やや雑に見える狙いでも確実に機体を破壊できるほどのパワー。
能力向上の術式は、問題なく効果を発揮しているようだった。
あっという間に逢坂さんがモンスターを片付けてしまったので、ドロップアイテムを回収するためにわたしも駆け寄る。
「お疲れ様です。術式、どうですか?」
「ああ。消えずに残ってる」
その効果を確かめるように、逢坂さんの指が握っては開かれる。
敵がいようといまいと、おそらく一時間効果が続く身体能力向上。間違いなく探索の役に立つはずだ。
……と、逢坂さんに言ってみたのだけれど。
「接敵前から使えるのは有用だが——魔術としては、敵を倒した後まで効果が続く必要はないな。魔力の無駄だ」
「そういうものですか……」
「何はともあれ、効果は確認できた」
回収したドロップアイテムを受け取った代わりにノートを渡すと、逢坂さんはそれをぺらぺらと捲った。
それぞれのページに描かれた線を追っているかのように、視線があちこちへ動く。
「今後は術式の解読を進めていこう。各構造の機能を特定して、使い勝手のいいように組み替える」
つまり……たとえば、今は効果が一時間続くところを、そんなにいらないので半分にするとか。逆に二時間にするとか。
そういうのを、その時によって自由に決められるようにするわけだ。
ダンジョン魔力による術式の意味がわかれば、いずれは自分で思い通りの魔術式を組めるようになるはず。
逢坂さんが目指しているのは、そういう世界である。
「術式を解体し、機能を特定し——そうだな、|インテリジェンス・ブースト《スペル強化》の部分を何かに置き換えられないか試したい。いずれは身体能力強化だけに的を絞ってもっと効率的な術式を設計して——やることは山積みだぞ」
ノートを見つめる逢坂さんの口角が上がっている。
目の輝きを言葉で表すならば、キラキラというか、ギラギラというか。
誰かが楽しそうにしているのを見るのは気分がいい。
この人のためにも、もっとたくさんの術式を集めなければと思う。
……けれど、一体この研究の何が逢坂さんをそうさせるのだろう。
未知を明らかにすることそのものに、並々ならぬ情熱を燃やす人がいるのは知っている。
まさに魔術師というのが、そういう人たちの集まりだとも。
でも、逢坂さんは……スキルやスペルといったダンジョンで起こる超常を解明することより、その先にある「ダンジョン内で魔術を使うこと」という目的を見据えている。
そりゃあ、使えなくなったものは使えるようにしたいというのが人情ってやつだろう。
ダンジョン探索を魔術で優位に進めたいという人もいるだろう。
じゃあ、逢坂さんは?
わたしは自分の力を逢坂さんのために使うと決めた。
逢坂さんはこの魔術を、何のために使いたいのかな——……
「……——らぎ——柊?」
はっと我に返ると、さっきまでノートにかじりついていたはずの逢坂さんが、訝しげな顔でこちらを見下ろしていた。
「……さすがに疲れたか?」
「いえ、そんなことは」
いけないいけない。ぼーっとしてる場合ではないのだ。
「いや、慣れない場所で二泊もしたら当然か。地上に戻るぞ」
「わたし、大丈夫ですよ。まだいけます」
「そりゃ大丈夫じゃない奴の台詞だ。……それに、どのみち一旦術式を解析にかけにゃならん。パソコンが要る」
……そういうことなら、まあ、いいけれども。
ノートをそのまま逢坂さんに預け、カバンを抱え直す。
第一層へ続くオベリスクの部屋に向かおうとして——
「あっ」
「何だ」
「……言い忘れてたんですけど」
気づけば頬が引きつっていた。
……たぶん、今さらこれ言ったら怒られるんだろうなぁ……
「わたし、スキル、ひらめきました」
二人して足を止める。
返事の代わりに、視線が突き刺さった。
「…………」
「…………」
「…………いつ?」
「アルファ変異体に斧をぶち当てたときに……」
痛々しい沈黙がその場を支配した。
引きつった頬のまま、すっと視線を斜め下にそらす。
いや、言うつもりはあったんだけど、忘れてしまったというか……
「……はあぁぁ……」
頭上から大きな溜息。
ちらりと見上げると、逢坂さんは片手で眼鏡を押さえ、俯いたまま首を振っていた。
「——そういうのはもっと早く言え!!」
「ごめんにゃひゃいぃ……!」
反省してる、反省してますから、頬を左右に引っ張るのはやめて痛い痛い痛い~!!
★★★
【Tips: スキル・スペル、魔術、魔法の対象】
特定の対象にのみ影響を与える超常は、ダンジョンのスキルやスペル、魔術、魔法の全てに存在する。一例として、敵から身を守る障壁を取り上げて説明する。
スキル・スペルは使い手の意識および敵味方の区別をもとに対象を決定する。単体を対象にとるスキル・スペルの場合、特定の対象を意識することで行使できる。盾役重戦士や光属性魔道士が扱うバリア系のスキル・スペルは、敵の攻撃や干渉のみを跳ね返し、味方の攻撃やポーションの投擲などを妨げない。
魔術では術式によって厳密に対象を定義する必要がある。定義しなければ対象は無差別となる。「最も近くにいる者を対象とする」「呼応する特定の術式を宿さない者を阻む」「飛び道具のみ弾く」などの条件付けも可能である。
もっとも柔軟に対処できるのは、やはり魔法である。使い手の意思で特定個人から集団まで任意に対象を指定できるほか、その時々の状況や使い手の深層心理も影響する。「自分にとって害あるものを拒絶する」「厭うものを遠ざける」など、曖昧な指定ができるのは、使い手自身が法則を体現する魔法ならでは。




