第6話 魔女がひとり
パーティを組んだ翌日、三連休真ん中の日曜日の朝。
わたしは一人でオオミヤダンジョンに訪れていた。
相変わらず人の入りがすさまじく、待ち合わせしているパーティや、今日組む仲間を探している探索者たちでごった返している。
まあ、人ごみに紛れるくらいが都合がいいというものだ。
「さて、と」
そもそもわたしが探索者になった目的はひとつ。
ダンジョンのモンスター、特にフロアボスに思う存分「魔法」をぶつけることである。
世の中の人たちは、ダンジョンの発生によって地球がファンタジーと化したと言うけれど、本当は違う。ずっと前から、地球には神秘がある。
わたしは魔法使いの両親の間に生まれた。
子供の頃から事あるごとに「魔法使いであることは絶対に秘密にするように」と言われ続け、同時に魔法についての教えを受けた。
魔法は使わなければ磨かれない。
魔法使いに――魔女に生まれたからには、存分に魔法を使える環境が必要だと考えた。
その答えが、ダンジョン。中でも、自身のフィールドを持つフロアボスだ。
「お願いします」
「はい。……お一人ですか?」
「中で待ち合わせてるんです」
「ああなるほど、承知しました。いってらっしゃいませ」
とにかく人が多いので、なりたて探索者が一人でダンジョンに入ってもさほど詮索されない。いいことだ。
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既に第一層のフロアボスは倒しているので、まっすぐ第二層に降りてきた。
第二層のフロアボスは、二体が固定シンボル型でもう一体がランダムポップ型らしい。わたしが狙うのはランダムポップ型だ。
マップアプリを見ると、出現と討伐の報告がピンで立っている。同じところに連続して現れることは極めて稀なので、直近で出現した地点を除き、候補となるポップ地点を巡るのが一般探索者のセオリーである。
ただし、ダンジョンのフィールドは広大である。ひとつひとつ確認している間に別のところで倒されていてもおかしくない。かといって一か所に張り込んだところで、他の地点でポップしたボスが倒されなければ待ちぼうけだ。
もっと深層のランダムポップ型ボスともなれば、特定の探索者たちが監視人員を雇って出現情報を管理しているらしい。
ここは第二層という浅い階層なので、そんな厳格な管理はされていない。早い者勝ちだ。
そして第二層で活動する探索者に、ランダムポップ型はやや荷が重い。ライバルは少ないというわけだ。
そして、わたしに限っては、足を使ってボスの居場所を探る必要はない。
「――――」
人差し指をくるりと回す。同時にわたしの身体の奥底で、きゅいんと音を立てるかのようにそれが回る。
人避け、良し。
まだまだ回転は止まらない。続けてわたしの周りに、光の粒子が現れる。
それはいくつかの塊になって……瞬きの間に数匹の小鳥と成る。
「よろしくね」
マップに示されたポップ地点の数だけ産み出された小鳥は、その存在感を希薄にしつつ方々へと飛び立った。
目を閉じれば、小鳥たちの見下ろす風景が浮かび上がる。
そう、これは深層探索者がやっているのと同じこと。空飛ぶ使い魔を監視者にするというわけだ。
「……おっ」
今は現在地から二番目に近い場所にボスがポップしているらしい。運のいいことに張り込んでいる探索者もいないようだ。
「急がなきゃ」
人差し指を回し、人避けに加えて隠形と不可視の魔法を重ねる。次いで、わたしの背中から半透明の翼が生えた。
「……そのうち空飛ぶモンスターとか出てきても、この手って使えるのかな?」
そんなことを呟きながら、わたしはフロアボスの居場所まで急ぐのだった。
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オオミヤダンジョン第二層のランダムポップ型フロアボスは、大きなカメだ。
攻撃手段は噛みつきや体当たり。ただし動きは鈍重なので避けやすい。そして、イメージ通り耐久力は高い。
とはいえその耐久力をもってしても、雷の魔法の前では無力だろう。
一発で終わっては色々と意味がないので、今回は趣向を変えていく。
中心にカメが鎮座する召喚陣の中に入ると、背後で光の膜が現れて……そのさらに外側に不可視の魔法を使う。人避けの魔法も継続中なので、出てくるところを見られる心配ないだろう。
寝ていたカメが目を開けて、わたしを見上げてきた。続いてのしのしと近づいてくる。
時間の余裕はある。人差し指を回す。
ダンジョンの魔力をその身に取り込む。
「よい……っしょぉ!」
見えざる手の魔法。
カメは重い。当たり前のように重い。わたしが三人くらいいてもひっくり返すのは不可能だろう。
当然、魔法でこの重量級の体を動かすのだって、まあまあの気合いがいる。
身体の奥底できゅいんきゅいんと音が鳴る錯覚。回転と共に見えざる手に力が入る。
そして、カメはごろんと上下反対に転がった。
「これで反撃の心配はなし、と」
障壁の魔法も試してみたいけれど、まあ今度の機会でいいだろう。
哀れなカメは四肢をばたつかせている。ぶつからない程度の距離に近づいて、わたしはそっと手を合わせた。
「ごめんなさい、ちょっと色々試しますね」
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麻痺、火傷、眠りといった状態異常。
各種属性スペルの模倣確認。
剣の魔法の試運転。
一通りの実験を済ませたところでとどめを刺すと、カメは力尽きて塵となり、その場に資源を残して消えていく。続いて光の膜もなくなった。
「……魔石とポーションだけ回収するかぁ」
甲羅とか小盾とか色々落ちているけれど、さすがに持ち歩く気になれない。使い道もないし。
手早く資源を回収して、塵となった魔力の行き先を追う。この方向だと、北西のポップ地点だろうか。
待機させている使い魔の視界を見れば、まだ誰もいなさそうだ。
探索者のマナーとして、出現報告だけして今日は帰ろう。
マップで報告するために現地に向かいながら、そっと胸に手を当ててみる。
思う存分魔法を使った。それなのに全く疲れていない。
魔法使いにとって一番の負担は、魔力の汲み上げ作業だ。
魔法使いは皆、神秘の外界――星幽界への接点を魂のうちに持っている。そこから汲み上げた魔力を、現実を改変するためのエネルギーへと変換するのだ。
色々流派があるらしいが、わたしの場合は星幽界の魔力によってエンジンをぐるぐる回してエネルギーを生み出すイメージを母から受け継いでいる。「星幽機関」だとか「魔力機関」と呼ばれているらしい。わたしは「魔力機関」と呼んでいる。
魔力機関をどんどん回転させることが、わたしの魂の強度を上げ、魔力機関の性能を上げ――魔法使いとしての成長に繋がるというわけだ。
さりとて無尽蔵に魔法を使えるわけではない。この星幽界への接続と魔力の汲み上げは、魂への大きな負担となる。短時間のうちに無茶をすれば、命の危険もあるだろう。
だがしかし、わたしはダンジョン探索者。
最初はダンジョン内でも星幽界へ接続して魔法を使えることを確認した。けれど、その後ダンジョンに満ちる特有の濃密な魔力を認識したとき、こう思ったのだ。
――この魔力を使って魔力機関を回せば負担を踏み倒せるのでは?
結果は上々。
わたしはダンジョン内に限り、自分のキャパシティを超えて魔法を扱うことができるようになった。
そして使えば使うほどそのキャパシティも向上する。永久機関が完成してしまった。
「けど、うん、これは……勘違いしないようにしないとなあ」
ダンジョン探索者は時に自分の実力を見誤る。
いくらダンジョン内で無敵の力を振るっても、外に持ち帰れるのはせいぜい体を動かす技術くらいだというのに、自分は強いと誤認してしまうのだ。
わたしもダンジョンの外で好き勝手に魔法を使えるなんて錯覚を起こさないよう、ゆめゆめ気をつけなければ。
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出現報告を済ませてからダンジョンを出て、魔石を一部換金し、帰路に就く。
ダンジョンの奥にある中継キャンプなんかでは魔石が通貨の代わりになるらしいので、いくらか取っておくことにする。うちのパーティには回復役がいないので、ポーションも万が一の時の備えにしておく。
今日の探索はソロでフロアボスを討伐したかったのもあるけれど、もう一つの目的は第二層のフロアボスの実力を確認することだ。
多分みんなは固定シンボル型に挑むだろうけど、そちらは人知れず挑むのが難しいので、代わりにカメの方を参考にした。それでも強さ自体に差はないはずだ。
あれなら、わたし以外のみんなでも十分倒すことができるだろう。
ネックレスとして首からさげているプレートには、第二層のフロアボスを倒したことを示す二個目の石が嵌め込まれている。
フロアボス戦を終えるまで、これを見られないようにするのだけ気を付けておこう。
「ただいまぁ」
誰もいない家にわたしの声だけが響く。
さて、明日はみんなと二回目の探索だ。今日は早めに休むとしよう。
★★★
【Tips: フロアボスとプレート】
ダンジョンの各階層には、「フロアボス」と呼ばれる強力な個体が必ず存在する。大抵はその階層に出現するモンスターの上位種である。
出現位置が固定されているが復活に時間を要するものを「固定シンボル型」、いくつか存在する候補地点のどこかに出現するものを「ランダムポップ型」、フロア全体を自由に動き回るものを「徘徊型」と呼ぶ。徘徊型を除き、フロアボス戦は救援・逃走が不可能な密室での戦いとなる。
フロアボスは強力だが、多大な経験値が得られるため、「周回」する探索者も少なくない。
そして、第一層、第十一層、第二十一層……といった区切りの階層で初めてフロアボスを倒すと、俗に「プレート」と呼ばれる金属板のようなものがドロップする。
各階層のフロアボスを倒すたびに、プレートに小さな石が嵌め込まれる。十個の石を集めれば、対応する十層分のフロアをスキップしてダンジョンに入場できる。
十の倍数の階層には、最後の石を守る特別なフロアボスが存在するという。




