第5話 みんなに内緒の
フロアボスを倒したので、今日の探索はおしまい。
同じ後衛ということで、遥香ちゃんと荷物を分担して帰路に就く。
たまにモンスターと出くわしては、問題なく倒していく。その度に少し荷物が重くなるので、そっと自分のカバンを撫でた。
「……ねえ、千世ちゃん」
「はい?」
遠目にダンジョン出入り口の広場が見えてきた頃に、遥香ちゃんがぽつりと言った。前後にいる茜ちゃんと那月ちゃんも、歩みと警戒は止めないまま耳を傾けている気配がする。
「あたしたちのパーティに入ってくれて、ほんとにありがとう。新生活が始まるまでに六層に辿り着くのは無理かなって思ってたけど、千世ちゃんがいればできるかもしれない」
「……六層に何か?」
「あたしね、春から調理師の専門学校に行くんだ。親がレストランやってて、そこを継ぎたいの」
もはやこのあたりにモンスターの気配はない。黙って頷くことで続きを促す。
「もちろんお店の味は継いでいくつもりだよ。でもさ、自分でやってみたいこともあって……ダンジョンの食材を使った料理を作りたいんだ」
食材と聞いて、遥香ちゃんが持っているカバンを見る。今日倒してきたウサギは肉を素材として落とすので、そういったものは遥香ちゃんのカバンに振り分けられていた。
使用の意思を示すまでは謎の膜に覆われて、汚れも傷みもしないとか。……閑話休題。
「ウサギのお肉はいくらでも手に入るんだけどね? 浅いところで一番食材が豊富なのは六層なんだ。果物とか、スパイスとか……でも、なかなか手が出なくて。だから自分で手に入れるために探索者になったの」
「その、専門学校では扱えないんですか?」
「ううん、扱う機会はあると思う。でも……あたしは両親に食べてもらいたいんだ」
それから広場に着くまでに、遥香ちゃんはぽつぽつと話してくれた。
ダンジョン産の食材を店で出すことを、両親から不安視されていること。それでも専門学校には送り出してもらえたこと。
自分で自由に使えるダンジョン産の食材を入手し、それを使った料理を両親に認めてもらいたいこと。
「あ、このパーティは『ゆるいダン活部』って感じだからね! これはあくまであたしの個人的な目標!」
たぶん進学してからもちょくちょく通えるだろうし、と笑いながら遥香ちゃんは締めくくった。
そう言われても、そんな身の上話を聞かされたら力になりたくなってしまう。そして、そう思ったのはわたしだけではなかったらしい。
「……なあ、次のダン活だけどさ。二層のフロアボス、おれらだけでやってみん?」
「いいと思います……!」
「えっ!?」
遥香ちゃんが慌てたように振り返り、足を止める。
「いつも通りでいいんだってば! 千世ちゃんだって困っちゃうでしょ!」
「わたしなら大丈夫です。いけます」
「ちょっと!?」
「食材目当てなんは知ってたけどさ、そういうことなら言えよな。水くさい」
「だから別に進学したあとでも……!」
「で、でも、課題とか大変なんじゃないですか? 調理師って体力もいりますし……」
茜ちゃんのその言葉が効いたのか、遥香ちゃんの勢いが一気に弱まる。
「…………本当に、いいの?」
「元からそろそろいけんじゃねって思ってたし。千世も加わってくれたらなおさらだろ」
その言葉に遥香ちゃんがおずおずとこちらを見下ろしてきたので、すっと親指を立てて頷いておいた。
「……もうっ、ありがとね!」
「おう」
「言っとくけど、千世ちゃんに頼り切りはしないから! あたしたちみんなで頑張っていけるとこまでいくんだからね!」
「もちろんですっ」
「いや、全然頼ってくれていいんですけど」
「そーいうわけにはいかないの!」
友情とはかくも美しいものか。
その中にわたしが数えられていることに、何とも言えない面映ゆさと――
「ほら、早く身支度してダンジョン出よう? このあとは千世ちゃんの歓迎会だよ!」
「結局どこにすんだ?」
「第一候補は駅前のカラオケ! パフェがおいしいとこ! ……千世ちゃん、どう?」
「いいですね、パフェ」
「じゃあ決まりね!」
――――確かな後ろめたさがあった。
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「……ただいま」
あれからカラオケでたっぷり騒いで、パフェもジャンクフードも好きなだけ食べて、わたし以外の三人が今日の稼ぎを使い切ったところでお開きとなった。
いろんな話をした。たとえば、那月ちゃんは体育大学に推薦入学するので、怪我に備えてポーションを常備するために探索者になったこと。茜ちゃんは「強い自分になりたい」という理由から探索者になったこと。
遥香ちゃんは推しユニットのアイドルソングを全て歌えると豪語して、一方那月ちゃんは特撮の主題歌をテレビサイズでしか歌えなかったり。茜ちゃんが「引かないでくださいね」と前置きして歌い出したのがゴリゴリのデスメタルだったり。
あと、パフェは確かに美味しかったので全制覇を目指したい。
洗面所に向かうまでにSNSをチェックすると、遥香ちゃんがカラオケでの写真をアップしていた。
パフェ三つとフライドチキン一皿を囲んだ四人の女子。顔は動物のステッカーで隠されている。
わたしの顔は猫の絵文字になっていた。猫派であることがバレたのだろうか。
「楽しかったなあ……」
高校三年も終わろうというところで、新しい友達ができるとは。
ダンジョンの様子見をするための、期間限定のパーティに入ったつもりだった。けれどわたしはちょろいので、もう「進学しても一緒にダン活を続けたいな」と思ってしまっている。
わたしはわたしの事情で探索者になった。それはそれとして、友達と一緒に何かをするのは、とても楽しい。
遥香ちゃんから送ってもらった、ステッカー加工のされていない写真を眺めていると、画面の上からメッセージアプリの通知がポップアップした。
はるか:今日はお疲れ!
はるか:解散する前に決めそびれちゃったんだけど、次のダン活いつにしよっか
通知をタップして、今日入れてもらったパーティのグループチャットを開く。とりあえず「おつかれ」と文字の入った猫のスタンプを返しておいた。
Akane S.:来週の平日は学校ですが、共通テストが終わればみなさんに合わせられます
柊千世:毎週月曜が登校日です あとはいつでも暇なので行けます
Natsuki:来週土曜は用事あるからそれ以外なら
はるか:(ありがと!と笑う犬のスタンプ)
はるか:やっぱり共テの日は電車ヤバいよね? 時間ずらせば大丈夫かな
Natsuki:いっそ明後日でいいんじゃね
Akane S.:大丈夫です!
柊千世:異議なしー
はるか:じゃあ1/12の9時にオオミヤダンジョン集合ってことで!
はるか:がんばろうね!
はるか:(お辞儀する犬のスタンプ)
柊千世:(はーいと返事する猫のスタンプ)
Natsuki:(サムズアップのスタンプ)
Akane S.:(目がハートのウサギのスタンプ)
全員の既読がついてチャットが止まったところで、アプリを閉じてまた溜息をついた。スマホをポケットにしまい、手を洗う。
手を拭きながら、ふと顔を上げて鏡を見ると、そこには無表情のわたしが映っていた。
父譲りのブルーグレーの癖毛。重く伸びた前髪の向こうに、母譲りの銀の瞳が覗いている。
わたしはお父さんに似てやや垂れ目だけれど、母はきりっとした凛々しい顔立ちをしていた。その目でじっと見られるとつい姿勢を正してしまっていたのを思い出す。
それでもわたしは、母の――お母さんの眼差しが好きだった。
両親とはずいぶん会っていない。重要な仕事で世界中を飛び回っている。
たまに前触れもなくビデオ通話が飛んできたりするものの、両親はわたしに仕事の話はしない。
どこの料理が美味しかったとか、わたしに似合いそうなものがあったので買って送ったとか、そういうことばかりだ。忘れた頃に国際便で服やアクセサリーが届いたりする。
愛されていると思う。
だから心配をかけたくなくて、ダンジョン適合検査が陽性だったことも、探索者になったことも言っていない。
本当に、わたしって隠し事ばかりだ。
人差し指を立ててくるりと回す。
冷蔵庫が開き、作り置きの皿が浮かび上がる。外れたラップがゴミ箱へと飛んでいく頃には、冷え切っていた生姜焼きが湯気を立てている。
冷凍していたご飯も炊きたてのように艶めき、茶碗に皿、コップに箸が食卓へと配置される。
コップに注がれるのはお気に入りの野菜ジュース。
多くの人はこれを「魔法のような光景」と呼ぶだろう。
その通り。これは紛れもなく、魔法そのものだ。
わたし、柊千世は高校生にしてダンジョン探索者であり――現代を生きる魔女である。
★★★
【Tips: ???】
超常の力を振るうのは、ダンジョン探索者のみに許された特権に非ず。
活動報告にて主人公・柊千世のイメージ画像およびプロフィールを公開しています。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3057657/blogkey/3633218/




