第4話 はじめてのフロアボス
フロアボス――ダンジョンの各階層に必ず存在する、ひと際強力なモンスターだ。
これは次の階層への関門ではあるものの、必ずしも階段の前で待ち受けているわけではない。出現場所は様々である。
固定シンボル型ならば特定の場所に行って倒せばいいけれど、再出現に時間がかかる。一方で出現場所の候補が複数あるランダムポップ型や、自由にフロア内を動き回っている徘徊型のフロアボスもいて、そちらは常にフィールドに配置されているとか。
これらボスを倒すと、次の階層への通行証となるアイテムが手に入る、といった具合だ。
ちなみに、徘徊型のボスはうっかり遭遇しかねない危険なモンスターなぶん、他のフロアボスと違って逃走や加勢が可能らしい。まともに戦わないと通行証は手に入らないけれど。
そんなこんなでフロアボスのいるエリアまで辿り着くと、マップアプリの混雑予想にあった通り、いくつかのパーティが光の膜を囲んでいた。
なんとなく様子を見ていると、どう見ても別々に探索していたであろう人たちが、まるで「僕たち仲間です」といったように集まっている。
「あれは……?」
「多分ソロの人たちが臨時でパーティ組んでるんじゃないかな。やっぱりボスって強いし、パーティ同士が合体することもあるよ。あたしたちも最初はそうやって突破したし」
「ボスが出んのを待つんも探すんもめんどくさいしなー」
なるほど、野良パーティというやつか。
パーティの人数が増えると経験値が分配されて、それぞれの成長は遅くなってしまうという話がある。普段ソロで活動している人たちがそのデメリットを受け入れてでも徒党を組まなければいけないほど、フロアボスは格上の存在ということなのだろう。
それに手間の面でも頷ける。わたしも次はソロで潜る予定だし、当然フロアボスもソロで挑むので、周りには気をつけなければ。一緒にやらせてくれと言われたら困る。
「ねぇねぇ、君たちプレート取りに来た感じ?」
「俺ら周回中なんだけど一緒にどう? サクッと終わるよ~」
そうそう、こんな感じで。
「すみませーん、あたしたち経験積みにきてるんで大丈夫です! お先にどうぞ!」
「……ちぇっ、つれないなぁ」
声をかけてきた男の人たちは一瞬顔を歪めたけれど、ちらりと他のパーティに視線を向けてから引き下がっていった。
完全に距離が離れてから、遥香ちゃんが少しかがんで耳打ちしてくる。
「ああいうのにほいほいついてっちゃダメだよ。外から見えなくて助けが呼べないんじゃ、何されるかわかんないんだから」
「ソロのやつ誘いこんで強盗とか、たまに聞くよな」
遥香ちゃんの懸念は那月ちゃんの言うそれだけじゃないと思うけど、ごもっともすぎるので頷いておいた。
茜ちゃんの様子はどうかと思って見上げていたら、なぜかさっきの人たちが去っていった方向を見てぼーっとしている。
「茜ちゃん?」
「……顔はかっこよかったのに……残念です」
まさかの発言にまじまじと茜ちゃんを見ると、頬を赤らめてやや恍惚としている。暴走特急がすぎるのではないか。
「出た、茜のヤバい癖」
「とにかく惚れっぽいんだよねー。危ない人についてっちゃダメだからね」
「それくらいの分別はありますよぅ」
ほんとかなあ……
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雑談したりダンジョンフォーラムをチェックしたりで時間を潰していると、わたしたちの順番が回ってきた。
固定シンボル型のボスである角ウサギは、辺り一帯に描かれた召喚陣の中心に現れる。そのあと、あるいはその時点で召喚陣の中に踏み込んでいれば、光の膜が現れて召喚陣の範囲内を密室化する。
「ギィアァァッ!!」
可愛くない強面の角ウサギが可愛くない声をあげると同時に、光の膜が立ち上った。戦闘開始だ。
「バイタリティ・ブースト!」
「えいっ……!」
耐久力の支援を受けた茜ちゃんが、盾を前面に構えて突進する。強烈な一撃を食らってたたらを踏んだ角ウサギのヘイトを、茜ちゃんが一身に集めている。
「アジリティ・ブースト!」
「いくぜー!」
溜め時間が明けて今度は那月ちゃんが支援を受ける。素早い動きでウサギの死角に回り込み、両手の剣で切りつけてダメージを蓄積させていく。
わたしはといえば、どのスペルを唱えるか未だに考え中だ。雷属性はもう見せてしまったし、はっちゃけてもいいだろうか。
「インテリジェンス・ブースト! ……千世ちゃん、いける?」
「任せてください」
わたしへの支援の番が回ってきた。スペルの威力が上がる支援スペルだ。
ここはひとつ、ちょっとだけ派手にいってみようか。
「二人とも! わたしが合図したら一旦離れてください!」
「おっ、大技か!?」
「了解です~!」
さて、今からわたしが見せるのは、やはりBクラス探索者の配信で見たスペルだ。
誰かに見られたら面倒かもしれないけれど、幸いここはボス戦フィールドの中。遥香ちゃんたち以外の目撃者はいない。彼女たちにしても、わたしが雷属性スペルを扱えることを受け入れてくれている。
とはいえわたしは探索一日目の新人だ。あまり力を入れすぎず、控えめにいこう。
「――――いきます!」
那月ちゃん、続いて茜ちゃんがバックステップで角ウサギから距離をとる。
それでもなお茜ちゃんを目で追う角ウサギに、杖――を握る右手の人差し指――を向け、その先をくるりと回す。
「サンダーボルト!」
次の瞬間、角ウサギの頭上から雷が降り注いだ。
突然の音と光に、遥香ちゃんが「きゃっ」と悲鳴を上げて目をつぶる。離れていた他二人の様子も確認したところ、影響は受けておらず無事なようだ。
那月ちゃんに言われて、わたしなりに誤射を防ぐにふさわしい方法を考えてみた。その答えが、頭上からの攻撃だ。
当てるときに気を遣う必要はあれど、少なくとも射線上に味方がいることはない。それに、今後モンスターが複数で連携をとってきたりしても、奥で守られている敵を簡単に攻撃できる。
愛用していきたい攻撃方法だ。
「……倒しちゃったみたい?」
黒こげになった角ウサギが、ぷすぷすと煙を上げて横たわっている。ぴくりとも動かない。
ちょうど額の角が避雷針のようになったらしい。角は跡形もなくなっていた。……角の素材が落ちなくなるとか、そういうペナルティはあるのだろうか。
そんなことを思いつつ眺めていると、やがて角ウサギは塵となって、その場にたくさんの素材を残した。角らしきものも含まれていることに安堵する。
同時に、召喚陣の周りを覆っていた光の膜も消えていった。
「とりあえず、素材回収して横に退こう」
「だな」
ささっと一人ずつ素材を抱えてその場を離れる。その中にきらきら光る金属製らしきプレートがあったので、それはわたしが忘れずに回収した。これが次の階層への通行証だという。
素材をカバンにしまって一息ついてから、先ほど手に入れたプレートを手に取って眺めてみた。
形状はドッグタグのようで、中心に何らかの文字のような意匠が彫り込まれている。その周囲にはラインストーン大の穴が十個空いていて、穴の一個には既にきらきらとした石が嵌まっていた。
「うんうん、プレート取れてよかった!」
「なくすなよー?」
「はぁい」
あらかじめこういうものが落ちるとは知っていたので、ネックレス用の紐を用意していた。プレートの上部にある「ここに紐を通してください」と言わんばかりの穴に通して、首にかけておく。
第一層から第十層まで、各階層のフロアボスを倒すたびに、プレートに新しい石が嵌まっていく。十個の石を集めれば、次の探索では第十一層からスタートできる。そこのフロアボスを倒せば二枚目のプレートが入手できるので、また石集めを繰り返すというわけだ。
ボス戦待ちの間に三人のプレートも見せてもらったところ、彼女たちは第二層のフロアボスも討伐済みで、二つの石が嵌まっていた。
「この時はたまたま信頼できるパーティの人たちがいて、ボス戦に連れてってくれたんだ。今は自分たちだけで二層のボスを倒すのを目指してるの」
二つの石が嵌まったプレートを揺らしながら、遥香ちゃんはそう言っていた。
★★★
【Tips: スペル】
ダンジョン内においてのみ探索者が行使できる超常的な力、その中でも大衆が魔法としてイメージするものを「スペル」と呼ぶ。
魔道士型と呼ばれる探索者は、ダンジョンでの経験に伴ってスペルをひらめくことがある。探索者自身がそのスペルを使えるようになったことに気づく現象をそう呼ぶ。
その感覚はギフトを自覚した際のそれに近いとされるが、
スペルの難易度に応じた精神集中を溜め時間とし、その後「ファイアボール」「ヒール」「ストレングス・ブースト」など、スペルの名称を唱えることで、超常的効果が発生する。
これは武器や肉体によって発動する「スキル」とは明確に区別される。物理的に攻撃する戦士型の探索者と違い、魔道士型の探索者はスペルと戦闘手段が直結するため、ひらめく頻度はスキルよりもスペルの方が高い。




