第51話 厳しい現実
「——なるほどな。やはり最終的には四か所の結合部位でバランスを取ることになるか」
真剣な顔でしばらくノートを捲っていた逢坂さんの一言目がこれだった。
わたしが自分で複数の支援スペルを受けて、実体験としてわかったことを、逢坂さんはたった一つの術式構造を見ただけの段階でほぼ言い当ててしまっていた。
やっぱりすごい人なんだなあと思いつつ、わたしも自分の考えを述べる。
「これ、最初から四つ全部合体させた術式を構築できれば、同時に全能力を底上げするスペルになるってことで合ってます?」
「やってみなけりゃわからんが、おそらくそうだろう」
「それは……なんというか、すさまじいですね」
一人一人順番に各能力の向上スペルをかけていくもどかしさは、わたしもよく見知っている。
それが一人につき一発でとなれば、もはや革命だろう。
「ま、身体能力を上げる魔術なんざどこの流派にも転がってるが……重要なのは、この術式ならダンジョン内で動くってことだ」
革手袋を脱いだ指先が、とんとんと紙面を叩く。
「インテリジェンス・ブーストの部分はいりませんけどね」
「俺とお前にはな。だが、完全に無駄ってわけでもない。術式の安定に必要だからな」
逢坂さんがペンを手に取り、ノートの新しいページにさらさらと術式構造を描いていく。
ストレングス・ブーストをはじめとした四種類の能力向上スペルを、全て合体させたものだ。
「……にしても、気持ち悪い術式だ」
「そうですか?」
「お前にゃまだわからんだろうが……例えるならキーボードを適当に叩いた意味のない文字列を書き写すだとか、顔のパーツの位置が滅茶苦茶な似顔絵を描いてるような感覚に近い」
そんな話をしているうちに、逢坂さんは術式を描き終えてしまった。
魔術師である逢坂さんにとって、ダンジョン魔力による術式は、知らない文字で、知らない法則の文章を書いているようなものなはず。
それでも、わたしよりずっと手際がいい。
「書式の違いを抜きにしても、身体能力を上げるだけなら、もっと他にやりようはあるはずだ。だがこいつは個別に能力向上がかけられるよう分解することを目的に設計されてんだろうな」
描き上がった術式をしげしげと眺める。
これがあれば支援魔道士はもっと引っ張りだこになるだろう。
それに、今日の与田さんのように誰に対して何の能力向上を優先するか、みたいなことで悩んだり後悔することもなくなるはずだ。
「……これと同じように、全能力を底上げする支援スペルって、見つかってるんでしょうか?」
上位互換として複数人を対象とする支援スペルがあるのは知っている。たとえば筋力ならば「ストレングス・フィールド」といった具合だ。
でも、同時に複数の能力を、というのは聞いたことがなかった。
「そうだな……装備やポーションなんかなら深層で手に入るらしいが。支援スペルでってのは知らんな」
「深層に行くような人たちならひらめいてそうなもんですけどねえ……」
「…………」
「……逢坂さん?」
わたしが何気なく零した一言で、逢坂さんが黙り込む。
どうしたんだろうと顔を上げると、逢坂さんは——なんというか、ばつの悪そうな顔をしていた。
「どうかしました?」
「いや。……そうだな、知っといてもいいだろう」
逢坂さんは水を一口飲んで、テーブルの上で指を組む。
「——支援型に分類される魔道士は、上には行けないとされている」
「……えっ?」
「クラスBの上位やクラスAに、支援魔道士は存在しない。一方、支援スペルを扱う魔道戦士なら今までに二人ほどいたはずだ。……この違いがわかるか?」
その言葉を受けて、少し考えてみる。
魔道士になくて、魔道戦士にあるもの……
「…………攻撃手段」
「正解だ」
……一般的な属性持ちの魔道士は、攻撃型か支援型に分類される。
まれにもう一方の種類のスペルをひらめく人もいるけれど、ごく基本的なスペルに留まる。
攻撃魔道士ならば、スペルを準備する時間が大きな隙にはなるけれど、それさえクリアすれば敵を退けられる。
光と闇の特化魔道士だって、その属性の攻撃スペルがあるし、身を守るバリアや敵の動きを止めるデバフも彼らの得意分野だ。
けれど、支援魔道士だけは……深層レベルに通用するような攻撃、あるいは自衛の手段を持たない。
「加えて支援魔道士の仕事は最初の方で終わるのがほとんどだ。よほどの長期戦でもない限り、バフをかけ終えれば仕事がない。……与田と岩本が揉めてたときの、岩本の言葉を覚えてるだろ?」
「……最初以外は突っ立ってるだけの、お荷物……」
「深層の奥じゃ、それが現実だ。残酷だがな」
「…………」
「支援魔道士に頼っていたパーティも、やがて装備か何かのアイテムで代用することになる。効果もコスパも支援スペルには及ばないのがほとんどだが、そこは戦う本人の成長でどうとでもなる。……全ての能力を底上げするスペルが存在したとしても、そこまで辿り着ける支援魔道士がいないってこった」
……与田さんの顔を思い出す。
あの人は知っていたのだろうか。このことを。
だから、指示出しをしたり、ドロップアイテムの整理をしたり……支援魔道士として以外の仕事を率先してやっていた?
……仲間に、置いていかれないように。
そして、遥香ちゃんのことも。
経緯はどうあれ、せっかく好きな人と一緒のパーティになれたのに——
「——でも、もしこの術式と同じ支援スペルがあって、それをひらめいた支援魔道士が現れたら、そういう事情も変わりますよね?」
清野さんは、わたしたちのパーティもやがて深層で活動できるようになるだろうと言っていた。
支援魔道士の事情を、協会職員だった清野さんが知らないはずがない。その上で連れて行く気があったはずだ。
もし、神林さんが遥香ちゃんを捨て置かず、一緒に深層で活動を続けていれば、あるいは……
「…………まあ、そうかもしれんな。深層でも支援魔道士の需要は増えるだろう」
「ですよね! ……あるといいなあ、このスペル」
ノートに書かれた術式を、指先で撫でる。
ダンジョンやそこにまつわるシステムは、明らかに何者かの意図があってデザインされているという話がある。わたしもそれは同意するところだ。
一体それが誰なのか、もしや神様と呼ばれるものなのか。
色々議論はあるけれど、今はそこに興味はない。
重要なのは、能力向上スペルの設計思想だ。
わざわざ合体することを前提に設計されているならば、当然合体後のスペルだって存在すると考えた方が自然である。わたしならそうする。
「……うん、すっきりしました。じゃあ、次はさっそく実証実験に入りますか?」
「ああ、そうだな。いよいよだ」
さっきまでとは打って変わって、逢坂さんの表情が生き生きとしている。
ノートを手に立ち上がってテーブルから離れる逢坂さんの後ろで、わたしはダンジョン魔力を取り込んでエネルギーに変換し、時戻しの魔法の準備をしておく。万が一の事故が起こったときのためだ。
……何事もなかったら、このエネルギーは野営の準備に使おう。
なんだか今日もここで夜を明かしそうな雰囲気だし。
そっとスマホで時刻を確認しつつ、魔力機関の回転を胸の奥で感じながら、わたしは逢坂さんを見守るのだった。
★★★
【Tips: スキル・スペルの持続性】
探索者が扱うスキルおよびスペルには、その名を唱えた瞬間のみ効果を発揮するものと、持続的に効果が続くものの二種類がある。攻撃に用いるスキル・スペルは前者であり、後者は各種支援スペルや特殊属性の弱体化スペルなど、補助的な効果のものがほとんどである。
持続性のあるスキル・スペルには、「戦闘中以外に味方に使用した際、効果時間が極端に短くなる」「効果時間が残っている場合でも、戦闘終了時には効果が切れる」という特徴があることが知られている。
一方、敵モンスターから受ける弱体化などの攻撃は、たとえ相手を倒したとしても解除されないことが多々ある。ダンジョンの理不尽さを如実に表していると言えるだろう。




