第50話 信じるということ
「……俺、さ。たぶん……仲間のことを信じられてなかったんだと思うんだ」
——告白だとか、懺悔だとか、そんな言葉が似合いそうな声色だった。
これが、先ほどから与田さんが抱えていたものだったのだろう。
「岩本に言われて気づかされたよ。……みんなの力が引き出せるよう俺が頑張らないと。みんなが怪我しないよう俺が気を付けないと。みんなが適切に動けるよう俺が考えないと。俺が、俺が、俺が——いつの間にかそんなことばっかり考えてた」
……ここで「そんなことはない」と否定できるほど、わたしは与田さんたちのことを知らない。
それは仲間想いの裏返しではないかと、わたしは思うけれど……与田さんが求めているのは、そんな言葉ではないのだろう。
「柊さんたちと出会ったとき、俺たち攻略方針で揉めてただろ」
「……固定シンボルのヒュージスケルトンか、ランダムポップのゾンビーアルファの群れか、でしたよね」
「それそれ」
あの時の両者の言い分は、まあどちらもわからないでもないという感じだった気がする。
ヒュージスケルトンに挑むなら、膨大な待ち時間や経験値の頭割りを受け入れなければならない。岩本さんたちはそれを嫌がった。
一方で、岩本さんは数で攻めてくる相手をあしらうより、大物を相手取る方が向いていそうなのは何となくわかる。
それに、中層からは初見のフロアボスに挑むとき経験者とパーティを組むようにと、協会からも推奨されている。
ゴールデンウィークという時期でさえなければ、与田さんの意見もすんなり通っていたかもしれない。そういう塩梅ではあったと思う。
「……俺たちパーティは、中学からの同級生なんだけど……高校出てからはバラバラの道に進んでね。探索者になってパーティを組んだはいいものの、今となっては全員の休みが重なるなんてなかなかないんだ。だから、その貴重な時間を無駄にしたくないっていう岩本の気持ちはわかってた」
まあ元からあいつは短気な奴なんだけど、なんて笑いながら、与田さんは続ける。
「それでも、あんなに頑なになったのは……どこかで思ってたんだよ。あいつらには厳しいってさ」
「……命に関わることなんですから、慎重になるのはおかしくないと思いますけど」
「ありがとう。……でも、岩本の言葉が刺さったのは事実だ。傲慢だったんだよ、俺は」
悔いるような言葉とは裏腹に、与田さんの顔はどこかすっきりしている。
少し遠い目をしていたかと思えば、次にその視線がわたしを捉えていて、思わず首を傾げる。
「でも、あの時……柊さんが言ってくれただろ。『信じて』って」
「…………」
「まあ、結局俺はそれでも踏ん切りつかなかったけど……そこに、火野が俺と柊さんを信じて背中を押してくれた……と、思う」
言い切る自信がないのか、与田さんの口元には苦笑が浮かんでいた。
わたしも、あの時の火野さんの意図を正確に推し量ることはできないけれど……それでも、与田さんにとって大きな意味を持っていたことはわかった。
「で、さ。君を信じて、支援スペルを使って……その行先を見届けたときに思ったんだ。……誰かを信じて託すのって、こういうことだったよなって」
——わたしもまた、そんな大層な意図があって「信じてください」と口にしたわけではないのだけれど。
それが与田さんにいい影響を与えられたのなら、きっといいことなのだろう。
「これを自分の仲間にもやらないとなって、気づかせてもらえた。柊さんのおかげだよ」
「……そんな大したことは言ってませんよ」
「本人にとっては大したことない言葉に救われる人間もいるってことさ」
与田さんはそう結んで、今まで丸めていた背中を反らし、大きく伸びをした。
「あーあ……駆け出しの頃はできてたと思うんだけどなあ、『頼むぞ!』ってさ。いつからだろ」
「時間が経てば誰でも忘れちゃうことはありますよ」
「まあね……でもさ、あいつら本当にほっとけないんだよ。岩本はあの通りだろ、早瀬はすぐ調子乗ってポカやらかすし、火野は何かあるとすぐ機嫌悪くするし……」
指折り数えて仲間の欠点をあげつらう与田さんだけれど、その顔には笑みが浮かんでいる。
どこかで見たことがある気がするその表情は——そう、昔わたしがワガママを言った時のお父さんの顔にどこか似ている。
あるいは、みー太がイタズラしたときのお母さんの顔ともいえる。
「俺が何とかしなきゃってなるんだよな。柊さんも今日見ててわからない?」
そう言われて、少し考えてみる。
与田さん以外の三人がちょっと困ったさんたちなのは、まあ、何となくわかるけれど。
……ちらりと逢坂さんの方を見る。
視線は未だにスマホに向かっていた。
「——わかります。とっても」
「だよなぁ! ……あ、今言ってたことも秘密で頼むよ」
さっきと同じやりとりをしてくすくすと笑っていると、いつの間にか逢坂さんがスマホをしまってこちらに歩いてきていた。
……さっきちらっと見たの、バレてないよね?
「そこの二人。そろそろ休憩は終わりだぞ」
「ああ、確かに……今行きます。次は属性付与でしたっけ」
——今、わたしの顔に効果音がついているとしたら、『しわぁ』という感じだろう。
「俺、土と水しか付与できないんですけど、それでいいですか?」
「十分だ。助かる」
二種類で済みそうなのが救いか。
ぶんぶんと首を振って両頬を叩き、わたしも立ち上がる。
「……お手柔らかにお願いしますね?」
「そういうのはモンスターに言ってやれ」
……与田さんの前とはいえ、そういう意味じゃないのはわかってるくせに。
くつくつと笑う逢坂さんと溜息をつくわたしを、与田さんは不思議そうに見比べていたのだった。
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無事、土属性付与のスペル「アース・エンチャント」と、水属性付与のスペル「アクア・エンチャント」の術式記録を済ませることができた。
スマホの時計を確認する。
当初の約束通り、二時間以内に収まったようだ。
「じゃあ、俺はここで。今日は本当にありがとうございました」
「こちらの台詞だ。……そっちはこれからどうするんだ?」
「岩本たちはもう帰ってますし、俺もまっすぐ帰りますよ。明日から二十二層を探索しようって話になってます」
ゴールデンウィークはあと三日残っているけれど、どうやら火野さんが連休最終日から仕事が入るらしい。
残りの二日で、二十二層の突破を目標にするのだそうだ。
……最近のわたしは当然のようにどんどんフロアボスを倒して先の階層へ進んでいるけれど、本来はうろつくモンスターやフロアボス周回で経験値を稼ぎつつ、少しずつ探索を進めるものなんだった。そういえば。
「またどこかで会えたら、その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ。……魔道戦士、頑張ってね。柊さん」
与田さんはそう言って笑うと、軽く手を振って出口ゲートに向かっていった。
その背中が人ごみに消えるまで見送ってから、隣に立つ逢坂さんを見上げる。
「いい人でしたね」
「そうだな」
返事はそれだけだったけれど、口元が緩んでいるのを見ただけでじゅうぶん伝わった。
「……で、早速だが——」
「これ、ですよね?」
術式構造を記録したノートを取り出し、掲げてみせる。
逢坂さんは一瞬だけ目を見開いて、それからふっと笑みを浮かべた。
「よくわかってやがる。……ここじゃ何だ、第十一層の小部屋がいいか。行くぞ」
「はーい」
オベリスクを通じて、第十一層へ。
そこから適当な小部屋に人避けと障壁の魔法を展開し、椅子とテーブルを用意する。
「さて……先に俺の見立てを言っておきたいんだが」
向かい合って椅子に座り、いよいよノートをテーブルの真ん中に……と思ったところで、逢坂さんが口を開いた。
「ストレングス・ブーストの術式構造だがな、術式回路として考えると明らかに安定性に欠ける。無論ただ構造を見ただけで効率を語るなんざ失笑モンだが、それでも良し悪しくらいはわかる。思うにこの術式はいくつかの結合部位を持っていて——」
「お、おちついて……」
…………久しぶりだなあ、この感じ。
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