第49話 誇り
それからしばらく。
査定も終わり、岩本さんと早瀬さんも自分で歩けるくらいまで回復した。
場所を変えて、ここからはパーティ同士の取り分の相談だ。
何故か逢坂さんに任されてしまったので、今回はわたしの担当である。
「——だから、それじゃ俺らが貰いすぎだっつってんだろ」
「そんな鎧、わたしたちが引き取っても宝の持ち腐れです。活用するならそちらでしょう」
あのゾンビーアルファ変異体——鑑定結果によればそういう表記だったらしい——からは、魔石やら装甲片やらの資源のほか、あの黒鉄色の金属でできた鎧がドロップしていた。
ある程度までの属性攻撃を無効化、それ以上の威力であっても軽減する効果があるらしい。
……ボスの方の装甲も、もっと強力なスペルなら耐性を抜けたのだろうか?
変異体からのドロップアイテムの査定額は、その鎧が大半を占めている。
こちらは二人で、あちらは四人。それを考えても、鎧を岩本さんたちのパーティに分配するのは間違ってないとは思うのだけれど……
「いいじゃん岩本。貰っときなよ」
「うるせぇ。こういうのは面子の問題なんだよ」
この調子である。
どうしたものかと思っていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「なら————」
逢坂さんが、ぬるりと口を開いた。
……たぶん、例の悪い笑顔で。
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「……来たな。頼むぞ」
「了解です。バイタリティ・ブースト!」
わたしと逢坂さん、そして与田さんは今、みなとみらいダンジョン第一層でモンスターと対峙している。
——逢坂さんの提案はこうだ。
鎧を含め岩本さんのパーティに報酬を多く分配する埋め合わせとして、与田さんを一、二時間ほど借り受けたい。
魔道戦士の適性があるとわかったわたしが、安全に近接戦の練習ができるよう、支援スペルで補助をしてほしい……と。
そんなわけで、わたしはこれからあと三種類の支援スペルの術式構造を覚えなければならない。
術式構造を他人にわかるよう記録する書式は叩き込まれているので、ストレングス・ブーストだけはもうメモに残してあるけれど、そんなことは何の慰めにもならない。
「スパルタだぁ……」
「泣き言を言ってる暇があるか? ほら、行け」
……逢坂さんの言う通り、わたしが支援スペルの術式を覚えるのにヒィヒィ言っていたとしても、モンスターは待ってはくれない。
バイタリティ・ブーストの術式を頭に叩き込みつつ、逢坂さんから借りた短剣を構える。何も属性がついていない予備の武器だ。
剣といえば那月ちゃんが思い浮かぶし、剣の魔法でスペクターを倒したときも那月ちゃんの動きをイメージしたら自然と身体が動いたけれど、あの時は二刀流だった。
なのでとりあえず逢坂さんの構えを真似て攻撃してみるものの……あの素早い動きまで真似するのはさすがに無理そうだ。
「……へえ……今日初めて武器を扱うにしては筋がいいですね。魔道戦士かぁ」
「まだまだだがな。次はストレングス・ブーストを頼めるか」
「任されました」
「えっ!」
思わず声を上げてしまう。
支援スペルを同時に二つ……果たして読み取れるだろうか……いや、ストレングス・ブーストはもう記録してあるから心配することはないのかも……?
「よそ見すんな。戦闘中だぞ」
「はは……ストレングス・ブースト!」
与田さんの宣言と共に、再び淡い光に包まれた。
イレギュラーボスと戦った時と同じく、身体の奥底から力が湧いてくる。
(…………?)
そして、てっきりあの時と同じ術式がもうひとつ現れると思ったのだけれど……違った。
先に発動していたバイタリティ・ブーストの術式と、新たに発動したストレングス・ブーストの術式が、一部重なっている。
……ああ、なるほど。
確かにストレングス・ブーストの術式を回転させると、バイタリティ・ブーストの一部に一致する。
同じ能力強化のスペルだし、むしろある程度似通っていて然るべきだとは思うけれど……同時に複数スペルをかけると術式が合体する、というのは驚きだ。
何にせよ、術式を覚えるのが楽になりそうで何より。
それに……初めから合体した形に術式を組み上げれば、一発で全ての能力を底上げできるのでは?
そんなことを考えながら片手間で攻撃しているうちに、機械型モンスターは崩れ落ちて塵になってしまった。
まあ、第一層のモンスターなんてこんなものである。
「終わったか。なら、次はアジリティ・ブーストで高速戦闘だな」
…………やっぱりきびしい。
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アジリティ・ブースト、そして色々理屈を捏ねて使ってもらったインテリジェンス・ブーストも案の定、他の二つと概ね共通したつくりの術式をしていた。
本当は、身体能力を上げるのではなくスペルの威力を上げるインテリジェンス・ブーストだけは、違う構造をしてるんじゃないかと思っていたのだけれど……ちゃんと他のスペルと合体できるかたちだった。
まあ、詳しいことは逢坂さんが考えてくれるだろう。何しろ専門家なのだから。
そして、逢坂さんが「次は属性付与を」なんて言い出したので……これ以上術式を見せられたら前に覚えたものが消えてしまうと、何とか休憩を勝ち取ったのが今である。
「ふぅ……さてと」
バイタリティ・アジリティ・インテリジェンスの向上スペル三種の構造を、ストレングスと同じくノートに書き留める。
ストレングス・ブーストの術式構造は既に逢坂さんに見せてあるし、写真も撮って送った。
今真剣な顔で見ているのが、おそらくそれだろう。
なんとか忘れないうちに全てを記録して、ノートを閉じる。
それを見計らっていたのか、近づいて話しかけてきたのは——与田さんだった。
「やあ、お疲れ」
「お疲れ様です。……ありがとうございます、付き合っていただいて」
隣に腰を下ろした与田さんに、改めて頭を下げる。
「いや、いいんだ。ボスドロップの分配を俺たちに有利にしてもらったわけだし」
「わたしとしてはあれが適正だと思ったんですけど」
「こっちはそうは思ってないよ」
この点について、わたしたちがわかり合えることはないのだろう。
向こうもそれがわかっているのか、お互いくすくすと笑い合うだけに留まった。
「……それにしても、柊さん、のみ込みが早くて驚いたよ」
与田さんが手元の杖をくるりと回しながら言う。
ロッドタイプの、片手で扱うのに手ごろなサイズの杖だ。
「初めて支援スペルのバフを受けた人って、大抵バランスを崩したり力加減を間違えたりするんだ。岩本なんか最初壁に突っ込んでたし」
「あはは……なんていうか、らしいですね」
「だろ? あ、これ秘密な」
口元に人差し指を立てて笑う与田さんに、わたしも同じ仕草をして返す。
「……でも……そのうち力の使い方に慣れて、今ある実力以上の活躍をするんだ。さっきの柊さんみたいに」
与田さんは杖を弄んでいた手を止めて、その表面をそっと撫でる。
戦闘による傷は見当たらないけれど、手で持つ部分が色褪せ凹んでいて、使い込まれていることがわかった。
「そういうのがさ、嬉しいんだよな」
「嬉しい?」
「俺がバフをかけて、そいつの動きが変わる瞬間っていうのかな……」
その視線は、ずっと杖の先を見つめている。
……普通のダンジョン探索者ならば、自分の働きと自分の武器は結びつくものだ。
与田さんの杖への思い入れは、つまりそういうことなのだろう。
「俺は自分じゃ敵を倒せない。この杖を振り回したってハエも落とせないよ。でも——俺の支援を受けた人が、すごいことを為すんだ」
そこまで言ったところで、与田さんの視線がこちらを向いた。
優し気な目元が、わたしをまっすぐに見つめている。
「今日だって。……俺、柊さんに無茶だとか色々言ったけど。本当は怖かったんだ」
「それは……」
「確かにあれしか手はなかった。結果的には魔道戦士の柊さんがあの場の誰よりも適任だった。逢坂さんがヘイトをとってくれているという状況もあった」
「…………」
「……それでも……もし、君が岩本や早瀬みたいになったらと思うと……」
……わたしと逢坂さんは、常に障壁の魔法で身を守っている。
だから、お互い大抵の状況では無事でいられるという前提で、物事をこなしている。
けれど、普通の探索者にとってはそうじゃないということが、わたしにはわかっていなかったのかもしれない。
装甲を壊せるかどうかの心配よりも、わたしの身の心配をされていたなんて、思ってもいなかった。
「でも……そんな俺の心配をよそに、君はやってくれた。見事な一撃だったよ」
「……まぐれだった部分も大いにあると思いますけどね」
「それでもだ。……あの装甲がぶち割れた瞬間、そんな小さな身体でそれをやってのけたことに感動した。そして、そこに俺の力が乗っていることに、誇らしさを感じた。……嬉しかったんだ」
その笑顔を見て——ふと、脳裏で亜麻色のツインテールが揺れた。
(……遥香ちゃん)
よく遠慮癖を発揮して、そのたびにみんなに説得されていた、わたしたちのリーダー。
今思えば、あれは元々の性格に加えて……自分だけ直接戦えないことを気にしていたのだと思う。
遥香ちゃんも、与田さんと同じ気持ちを持っていたら、もっと楽でいられたのかな——
「——素敵な考え方だと思います」
そう言うと、与田さんはきょとんとして、それから照れくさそうに頬を掻いた。
殴られた方の頬だったからか、少し痛そうに顔を歪めていたけれど。
「そうかな。そうだといいんだけど……でも……」
その表情に、さっき救護室で見たのと同じ陰が差す。
ちらりと一瞬だけ、逢坂さんの様子を見る。
まだスマホを真剣な顔で見ている。ストレングス・ブーストの術式について考えているのが半分、わざとこっちを放っておいてくれているのが半分と見た。
続きを促すように頷くと……与田さんは数秒の逡巡ののち、口を開いた。




