第48話 言い訳と本音
ドロップアイテムの回収を終え、岩本さんと早瀬さんを両脇から支え、わたしたちは第一層の拠点に戻ってきていた。
イレギュラーの報告は、逢坂さんと与田さんが手早く済ませてくれた。
担当してくれた協会職員さんは、「みなとみらいでイレギュラー報告は久しぶりですね」と言いつつ、神妙な顔でドロップアイテムを受け取ったらしい。
……さては逢坂さん、あのスペクターの件を報告してないのでは?
いや、まあ、それで詳しい状況説明を求められたらわたしの方が困るんだけど……
ともあれ。
その間、わたしたちは先に拠点の救護室に入っていた。
岩本さんと早瀬さんが、装備を外して簡易ベッドで横になっている。
重戦士、かつバイタリティ・ブーストの効果中だった岩本さんは、受けた攻撃の割には軽傷だった。
それでも大ダメージには間違いないので、遅効性の治療ポーションを飲んで大人しくしている。
早瀬さんは耐久力に欠ける斥候なので、一歩間違えば……というところだったようだ。
とはいえ斥候は回避力に長けている。咄嗟に急所を避けたのが良かったらしい。
今は問題なく動く右手でスマホを眺めている。
火野さんは岩本さんのそばに座って、時折声をかけていた。
岩本さんの返事は「うるせぇ」とか「しつこい」だったけれど、満更でもなさそうに見える。
そして、報告と査定依頼から戻ってきた与田さんは——少し離れた壁際に立って、俯いている。
職員さんとのやり取りを話したっきりで、それからは一言もしゃべらない。
みんな疲れているせいか、火野さんの言葉もだんだん少なくなり、しばらくは沈黙が続いた。
「…………で?」
それを破ったのは岩本さんだった。
横になったまま、天井を見つめている。
「柊、だったか。お前、なんで俺の斧を振り回せたよ」
当然の疑問だった。
支援魔道士である与田さんもまた、顔を上げて詳しく聞きたそうな表情をしている。
自分の支援スペルの効果のほどは与田さんが一番わかっているのだろう。非力な魔道士が重戦士用の斧を振り回せるほどにはならないと。
実際、結局は見えざる手の魔法の補助を必要としたのだし……
もちろん、それについては言い訳を用意してあった。
「わたし、前に支援魔道士の子のパーティにいたことがあるんです。それで、『被支援効果増強』のアクセサリーをつけていて……そのおかげだと思います」
半分本当で、半分嘘だ。
支援魔道士である遥香ちゃんのパーティにいたのも、そういうアクセサリーがあるのも事実だけれど……わたしはそんなものつけていない。
逢坂さんが何か言いたそうにこちらを見ている。
……そういえば、出会う前のことは話したことがなかったっけ。
「……それだけでか?」
岩本さんが首を動かして、こちらに視線を向けた。
それだけの動きでも億劫なのか、わたしへの疑いがそうさせるのか……眉間に皺を寄せて、胡乱な目をしている。
「バフだろうとアクセだろうと底上げは底上げだ。元が魔道士ならたかが知れてんだろ。……俺の相棒だぞ」
「……それは……そうなんですけど……」
「魔道戦士だったんだろう」
何か他の言い訳を、と考えていたところに、逢坂さんが先に口を挟んだ。
「魔道戦士ぃ?」
「魔道士と戦士のハイブリッド型だ。武器で戦いながらスペルも使う。……数は少ないがな」
心当たりがあったのだろう、岩本さんが押し黙る。与田さんもまた、口元に手を当てていた。
「大抵の探索者はギフトの内容で自分の傾向を知る。加えて魔道士なら真っ先にスペルをひらめくだろうから一発でそうとわかる。……覚えがあるだろ?」
「…………まあな」
「アタシも。『火属性スペル強化』だから魔道士かー、なんて思ってたらすぐひらめいたし」
「俺ら全員そういうわかりやすいタイプっすわ、言われてみれば」
「——で、こいつのギフトは魔道士向きだ。その状況で属性スペルをひらめけば、普通は自分を魔道士だと思い込む。……これが戦士向きのギフトだったんなら、スペルをひらめいた時点で自分の適性に気づけるだろうが」
逢坂さんがちらりとわたしの方を見る。
「知らなかったんだろ? 自分にそういう適性があるってことを」
「……はい。ずっと魔道士だと思ってて……与田さんに支援をお願いしたのは、アクセがあったからですけど……」
そらしていた視線を岩本さんに戻す。
岩本さんは、しばらくわたしと逢坂さんを交互に見比べていたけれど——やがて小さく鼻を鳴らして、天井に視線を戻した。
「……ま、生き延びられたんだ。文句が言いたいわけじゃねぇ」
どうやら、納得……とまではいかなくとも、追及する気はなくなったらしい。
(……ありがとうございます、逢坂さん)
逢坂さんをそっと見上げると、肩を竦めて返された。
いつも通りの仕草に、思わず笑ってしまう。
……それにしても。
与田さんがずっと黙ったままなのが、気にかかった。
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いつもより人が多いからか、それともイレギュラーボスからのドロップ品だからか。たぶんその両方だと思うけれど。
ずいぶん査定に時間がかかってるなあ、なんて思っていた頃——それは来た。
「……岩本、早瀬。すまなかった」
与田さんの声が、ぽつりと救護室に響く。
壁際からベッドの前まで歩み寄った与田さんは、横たわる岩本さんの前で、深く頭を下げていた。
「俺がもっと早く判断していたら、岩本がそんな怪我をすることはなかった。……岩本にアジリティ・ブーストもかけていれば、あの一撃を避けられたかもしれない。早瀬にもバイタリティ・ブーストをかけていれば、吹き飛ばされてもすぐに立てたかもしれない」
与田さんの声は震えていた。
握りしめられた拳が白くなっているのが見える。
「全部……俺のせいなんだ。仲間を信じて、俺自身の役目を果たすべきだった。なのに俺は——」
「——黙れ」
岩本さんがゆっくりと身を起こした。
顔を歪めながらも、床に足を下ろして立ち上がる。
「毅、まだ寝てないと」
「うるせぇ。……おい、歯ァ喰いしばれ」
——次の瞬間、大きな音を立てて与田さんが倒れこんだ。
「ちょ、何してんの!?」
「岩本さん!?」
岩本さんが与田さんを殴ったのだと、一拍遅れて気づいた。
顔を歪めながら腕を伸ばしていた岩本さんは、やっぱり無理をしたのだろう、舌打ちをしてそのままベッドに座り込む。
「——何かありましたか?」
コンコンというノックと、ドアの向こうからの声。
さすがに職員さんが様子を見に来たのだろう。
「……いえ、ちょっと滑って転んだだけです。大丈夫ですから」
返事をしたのは与田さんだった。
頬を押さえて痛そうにしているけれど……その口元には小さな笑みが浮かんでいる。
まるで、殴られて当然だと、そう思っているみたいに。
「……見くびんなよ、与田」
「……岩本……?」
「てめえが迷ったから何だ? バフが足りなかったから何だ?」
けれど、岩本さんの返答が思っていたものと違ったのだろう。
その表情は困惑へと変わっていた。
「あのクソ犬が強かったってだけの話だろうが。それを全部てめえのせいだと? てめえのバフなしじゃ俺らには何もできねえって言ってんのか?」
「っそんなことは言ってないだろ!」
「いーや、言ってるね」
そっと部屋全体を消音の魔法で覆いながら、二人の様子をうかがう。
殴り合いとかになりそうだったら、さすがに止めるつもりだけれど……これは、このパーティで決着をつけないといけないことなのだろう。
逢坂さんも、腕を組んで黙ったままだ。
「装甲を壊そうと大振りを仕掛けたのは俺の判断だ。打たれ弱いくせに頭に血ィのぼって突っ込んだのも早瀬の自業自得だ」
「ひっでぇ」
「間違ってねえだろ。……お前がどうこうできた話じゃねえんだよ。自惚れんな」
与田さんは、殴られた頬を押さえたまま、何かを言いかけて——口をつぐんだ。
反論を呑み込んだのか、それとも言葉が見つからなかったのか。
「……なー、岩本。それ以上は明日でいいんじゃねえの。殴り合いのケンカなら万全な状態でやろうぜ」
「……殴り合いたいわけじゃねえよ、このバカが」
吐き捨てるようにそう言った岩本さんが、ごろりとベッドに身体を倒す。
それから、目を伏せたまま——ぼそりと付け加えた。
「…………俺も悪かった」
与田さんの目が見開かれる。
「お荷物だなんだ言っただろ。あれは取り消す」
「…………」
「今日勝てたのはお前のバフがあったからってのもあるが……俺たちパーティだけであのイレギュラーにかち合ってたらと思うと、正直ゾッとする。……お前は正しかったよ」
「……イレギュラーはイレギュラーだろ。本来のゾンビーアルファの群れが相手なら、きっと勝ててたよ。みんななら」
なんとなくいい雰囲気に落ち着きそうな一方……与田さんの声には、少し陰があるような気がした。
どうしたんだろうとは思うけれど、今はわたしの出る幕ではない。
「あーっと……アタシも、毅の味方ばっかして、当たっちゃってごめん」
「俺も謝っとこ。ごめんな与田」
「……いや早瀬、お前なあ……」
……仲良きことは美しきかな、ということで。
何なら、わたしと逢坂さんは席を外した方がいい気さえする。
逢坂さんのコートを引っ張り、出口を指す。
それだけで言いたいことが伝わったのだろう。
逢坂さんは静かに出口に向かい、わたしもその背を追うのだった。




